愛しい師よ、あなただけは私がこの手で殺めなければー大賢者と女剣士の果しあいー
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 シャンガは捨て子だった。
 二つのときに森で樹のウロに入っているところを拾われたのだ。
 口減らしのため、置き去りにされたのだろう。
 山を越え、彼女のいるよりさらに一つ都から離れた村では、長い不作で飢饉がよく起きていた。
 誰にも知られず、見捨てられた幼い命は、吹き消えてしまっておかしくなかった。

 でもシャンガは幸運だった。

 薬草を採りにきた賢人に発見され、そのまま引き取ってもらえることになったのだ。
 尊き森翠の賢者、ゼウラ。
 史上でも数えるほどの多大な魔力を持ち、それを幾星霜、弛まず磨き、あらゆる道に通じた人格者。

 そのゼウラがシャンガを弟子に、と育ててくれた。
 シャンガも、師の慈しみに応えたくて、いつも背伸びしながら成長した。
 ゼウラは、本当に良い師匠で親代わりだったのだ。


 シャンガという名前を、与えてくれたのは師だ。
 彼女は拾われた時、まだ自分の名前が言えなかったので。
 何か呼ばれた名はあったけれど、自ら口にできず。
 ゼウラも、探り当てることができないまま記憶は風化し失われた。

 ゼウラが『シャンガ』という名前を選び、つけてくれたことに疑問を持つ日は当然来た。
 
「ししょう、なんでしゃんがにしゃんがという名前をくれたのですか」

 ゼウラにしては珍しく、視線を合わせることなく右左とシャンガの上方を泳がせる。
 その膝に飛びついてゆすって、せっついた。
 
「ししょう、わすれちゃったのですか」
「いや、……いいや。覚えているよ。『シャンガ』は儂の馴染みある時代の単語じゃ、その一言に意味がある」
「そうなのですか。なんのことですか」

 目を合わせないゼウラは後頭部をがしがし掻き、首を傾け言う。

「大きくなって調べられるようになったら、自分で調べてみなさい」
「ええ〜! ししょう、いじわる、いじわるー」
「これこれ、意地悪でないぞ。目標があれば勉学がすすむじゃろ」

 膨れたシャンガは、ゼウラが用意したシチューで機嫌をなおした。
 木のスプーンですくって、塩気のよく効いたとろりと濃厚なクリーミーさと、ほろりと崩れるほど煮込まれた肉と野菜を味わう。
 夜、幸せに眠りについた。いつか自分の名の由来を知る日を想って。

 それから数年のち、複雑な単語まで読めるようになったシャンガはゼウラの本棚から古語の辞書を引っ張りだし、自分の名前の意味を知った。

 シャンガは、生命。活き活きとした。活力。
 これから伸びていく力を蓄えたもの、という意味の言葉だった。
 師が自分に見たものを知って、シャンガは密かに頬をゆるませた。
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