愛しい師よ、あなただけは私がこの手で殺めなければー大賢者と女剣士の果しあいー
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 年頃になったシャンガは村の男に誘いを受けることも出てきた。
 ゼウラが取り寄せた本をとりに、ゼウラの小屋から村に降りてきたこの日も、同い年の男に遠出へ誘われる。
 シャンガは決して美人とはいえない。けれどよく働くし力持ち、ゼウラの面倒を見る気立ては村でも好感触であった。
 しかし投げかけられた恋のきっかけを、道ゆく茂みの小枝扱いでポキポキ折った。

 シャンガから見れば、誘いをかけてくる年代の男というのは幼稚なのである。
 彼らを選ぶくらいなら、本屋の亭主をしているお爺さんの方が好みに近い。

 本の紙袋をぐっと胸元に抱え直し、シャンガははっとする。

──もしかしたらもっと。年を経ている男性こそ好ましいのかもしれない。

 もっと、と蓄えられた真っ白な髭を浮かべ、立ち止まってしまった。

(それじゃ師匠じゃないか。……幼い頃から村から離れてゼウラ師匠と過ごす時間が多かったせいかな。老齢の男性の方が働き盛りの男よりいいなんて。ファザコンでも拗らせているみたいだ)

 雑念を振り切りたくなってシャンガは再び歩き始める。土を踏み締める強さは意図した以上に強く。


 小屋に帰り着いたシャンガは庭で行水するゼウラと出くわしてしまった。
 全くなかったことではないが指折り以下しか遭遇したことがない。
 
「シャンガか、もう帰ってきたのか」

 ゼウラの方もシャンガが村まで出ていたからこそ気を抜いて行水していたのだろう。
 目を丸くして、固まっている。

 その、筋肉の削げた喉仏の下や、あばらを伝っていく水滴を凝視してしまう。
 シワに沿ってポタポタと垂れていく。
 濡れそぼった髭からも。
 
 先ほど好みの年齢層といえば老齢の方が落ち着いていていいなど考えていたせいか。
 濡れたゼウラの素肌に抱きしめて、自分を受け止めて欲しい。と、一瞬考えてしまい。

 色が瞳に出なかったか。
 不安になってすぐゼウラから目を逸らした。
 その間に彼は乾布で身を拭き、いつも通りの装束に痩せた体を包ませた。

「本は」
「あ、はい」

 茶の包み紙を、ゼウラの顔を見ないようにして渡した。
 これで瞳から彼に……男を感じてしまったことを隠せたと思った。しかし自室に下がったゼウラを見送った後、まだ頬がカッカと熱いことに気がついた。これではいくらなんでも聡いゼウラに気取られたろう。
 二人しかいない生活の雰囲気がおかしくなりませんように。

 祈ってシャンガも、直視してはならない気持ちごと、家の中に入った。
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