恋は秘密のその先に
第一章 君の名は?
「きょうこ」

副社長に呼ばれて、すぐさま近くに寄る。

一歩下がった所で立ち止まり、副社長と話をしていた令嬢とその父親にお辞儀をすると、副社長にグッと肩を抱き寄せられた。

「いずれ彼女と一緒になるつもりですので」
「そ、そうでしたか。分かりました。では失礼いたします」

そう言って父親が促すと、令嬢はチラリと視線を上げてから去って行った。

一瞬目が合い、その瞳が悲しげに潤んでいて心が痛む。

(うっ、ごめんなさい)

副社長はその後も色々な人に声をかけられ、挨拶を交わしている。

隙のない洗練された身のこなし、180cmを超える長身に整った顔立ちで、会場内の女性全員の注目を集めていると言っても過言ではない。

(確かに見目麗しいものね。うっとり見とれちゃう気持ちも分かるわ。でもねえ、この人は遠くから眺めるのが一番いいのよ。ソーシャルディスタンスは保ったほうが…)

壁際に控えてそんなことを考えていると、ふと副社長が振り返った。

「ともこ」
「はい」

返事をして近くに歩み寄りながら、ん?と首をひねる。

(あれ?さっきは、きょうこじゃなかったっけ?)

そう考えつつ、副社長と向き合っている綺麗なロングヘアの女性の前に行くと、微笑んで一礼する。

副社長が、またもや肩を抱き寄せてきた。

「悪いが、俺はこいつを手放すつもりはない。諦めてくれ」

すると女性は訝しそうに眉根を寄せた。

「あら?文哉(ふみや)さん。先月は別の女性を連れていらっしゃいましたよね?」
「それが何か?」
「いえ、その…。先月の方はどうなさったのかと…」
「別れました。今はこの、きょうこと…うっ!」

思い切り足を踏まれた副社長は、整った顔を歪めて睨んでくる。

「ともこと申します。初めまして」

しれっと嘘をつきながら、とにかくにこやかに笑顔を崩さず、どこかの令嬢らしき女性に頭を下げた。
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