恋は秘密のその先に
住谷に案内されて入って来たのは、30代と思われる女性の副社長だった。
ブランド物のバッグにアクセサリー、身体のラインが分かるようなタイトなスーツにロングのウエーブヘア、そしてとにかく香水がきつかった。
副社長同士、互いに挨拶をしてソファに落ち着いたのを見計らい、真里亜がケーキとコーヒーを運ぶ。
「失礼いたします」
真里亜がテーブルに置いたケーキを一目見て、その女性は大げさに驚いてみせた。
「まあ!こちらのケーキ、わたくし大好きなんですの。人気店ですぐ売り切れるので、なかなか手に入らなくて。文哉さん、わたくしの為にわざわざありがとうございます!」
「いえ。お気に召していただけて良かったです。さあ、どうぞ」
「嬉しい!ありがとうございます、いただきます」
ネイルを施した長い爪の手でフォークを握り、ひと口頬張ると、美味しーい!と甲高い声で言う。
とにもかくにも、どうやら喜んでいただけたようだと、真里亜はホッとして自分のデスクに戻った。
「それで、本日はどういったご用件でしょうか?いつもは御社の社長とお話をさせていただいておりますが…」
コーヒーを飲んでから副社長が切り出すと、女性はちょっと思わせぶりな笑みを浮かべてケーキ皿をテーブルに置いた。
「いつも父からお話をうかがっておりますわ。文哉さんは、とても優秀なお方だと。それにパーティーでお会いする度に、わたくしも文哉さんのことを素敵な方だと思っておりました」
これは、もしや…と、真里亜はパソコン作業をしながらチラリと二人に目を向ける。
こちらに背中を向けている副社長の様子は分からないが、正面に見える女性の表情は、まさに相手に媚びるようなものだった。
「文哉さん、うちの社との関係をもっと強固なものにしたいと思いません?うちとこちらが手を組めば、この業界では怖いものなしですわ。もちろん世界でもトップクラスになる。いかがですか?」
「それは業務提携ということでしょうか?」
「そうねえ、もちろんそうだけど。はっきり申し上げると血縁関係になるということかしら」
狙った獲物は逃がさない、とばかりにじっと副社長に思わせぶりな視線を向けている。
真里亜は、ひえっと心の中でおののいた。
ドキドキしながら見守っていると、副社長のいつもと変わらない落ち着いた声がした。
「具体的な業務のお話ではないのですね?でしたら、今日はお引き取りください。ご足労いただきありがとうございました」
「え、いえ、あの。もちろん、業務のお話も…」
「そうですか。業務については私が直接、御社の社長とお話をさせていただきます。その方が話が早いですから。あなたももう会社に戻られた方がいいでしょう。副社長でいらっしゃるなら、お忙しいはずですよね?」
あっ、う…と女性は言葉に詰まっている。
「ゆりこ」
立ち上がった副社長が真里亜を振り返る。
「は、はい」
真里亜もすぐさま立ち上がった。
「お客様をお見送りして」
「かしこまりました」
ドアの近くまで行き女性を振り返ると、打ちひしがれた様子でヨロヨロと立ち上がる。
「どうぞお気をつけて」
真里亜の隣で副社長がそう声をかけ、うつむきながら女性がドアを出た時だった。
「頼んだよ、ゆりこ」
副社長が、ドアを開けている真里亜の肩を抱き、耳元でささやく。
だがそれは、すぐ前を通り過ぎた女性にも聞こえる声だった。
ブランド物のバッグにアクセサリー、身体のラインが分かるようなタイトなスーツにロングのウエーブヘア、そしてとにかく香水がきつかった。
副社長同士、互いに挨拶をしてソファに落ち着いたのを見計らい、真里亜がケーキとコーヒーを運ぶ。
「失礼いたします」
真里亜がテーブルに置いたケーキを一目見て、その女性は大げさに驚いてみせた。
「まあ!こちらのケーキ、わたくし大好きなんですの。人気店ですぐ売り切れるので、なかなか手に入らなくて。文哉さん、わたくしの為にわざわざありがとうございます!」
「いえ。お気に召していただけて良かったです。さあ、どうぞ」
「嬉しい!ありがとうございます、いただきます」
ネイルを施した長い爪の手でフォークを握り、ひと口頬張ると、美味しーい!と甲高い声で言う。
とにもかくにも、どうやら喜んでいただけたようだと、真里亜はホッとして自分のデスクに戻った。
「それで、本日はどういったご用件でしょうか?いつもは御社の社長とお話をさせていただいておりますが…」
コーヒーを飲んでから副社長が切り出すと、女性はちょっと思わせぶりな笑みを浮かべてケーキ皿をテーブルに置いた。
「いつも父からお話をうかがっておりますわ。文哉さんは、とても優秀なお方だと。それにパーティーでお会いする度に、わたくしも文哉さんのことを素敵な方だと思っておりました」
これは、もしや…と、真里亜はパソコン作業をしながらチラリと二人に目を向ける。
こちらに背中を向けている副社長の様子は分からないが、正面に見える女性の表情は、まさに相手に媚びるようなものだった。
「文哉さん、うちの社との関係をもっと強固なものにしたいと思いません?うちとこちらが手を組めば、この業界では怖いものなしですわ。もちろん世界でもトップクラスになる。いかがですか?」
「それは業務提携ということでしょうか?」
「そうねえ、もちろんそうだけど。はっきり申し上げると血縁関係になるということかしら」
狙った獲物は逃がさない、とばかりにじっと副社長に思わせぶりな視線を向けている。
真里亜は、ひえっと心の中でおののいた。
ドキドキしながら見守っていると、副社長のいつもと変わらない落ち着いた声がした。
「具体的な業務のお話ではないのですね?でしたら、今日はお引き取りください。ご足労いただきありがとうございました」
「え、いえ、あの。もちろん、業務のお話も…」
「そうですか。業務については私が直接、御社の社長とお話をさせていただきます。その方が話が早いですから。あなたももう会社に戻られた方がいいでしょう。副社長でいらっしゃるなら、お忙しいはずですよね?」
あっ、う…と女性は言葉に詰まっている。
「ゆりこ」
立ち上がった副社長が真里亜を振り返る。
「は、はい」
真里亜もすぐさま立ち上がった。
「お客様をお見送りして」
「かしこまりました」
ドアの近くまで行き女性を振り返ると、打ちひしがれた様子でヨロヨロと立ち上がる。
「どうぞお気をつけて」
真里亜の隣で副社長がそう声をかけ、うつむきながら女性がドアを出た時だった。
「頼んだよ、ゆりこ」
副社長が、ドアを開けている真里亜の肩を抱き、耳元でささやく。
だがそれは、すぐ前を通り過ぎた女性にも聞こえる声だった。