恋は秘密のその先に
「ねえ、真里亜」

やがて真里亜の隣で横になり、髪を撫でながら文哉がふと話しかけた。

「なあに?」

トロンと甘さを宿した瞳で真里亜が文哉を見上げる。

その可愛さに頬を緩めながら、文哉は真里亜の頭を撫でて尋ねる。

「やっぱり、阿部 真里亜って名前は残したい?」

え?と、真里亜は首を傾げる。

「その、カレンさんが言ってたからさ。夫婦別姓にしなさいって」
「ああ、そのこと」

真里亜は少し笑ってから、文哉を上目遣いに見た。

「私ね、天城 真里亜がいい」

えっ…と、文哉は言葉を失う。

「そ、それって…」

突然のことに、文哉は頭の中が真っ白になった。

「天城 真里亜って…。それは、俺と一緒になってくれるってこと?」

うん、と恥ずかしそうに小さく真里亜は頷く。

「阿部 真里亜って名前じゃなくなっても?」
「うん。だって私、文哉さんと一緒の名字がいいの」
「真里亜…」

しばらくして、文哉は参ったとばかりに苦笑いする。

起き上がるとベッドサイドのテーブルの引き出しを開け、小さなケースを取り出した。

「真里亜。もう日付が変わって9月8日になった。お誕生日おめでとう」
「えっ、知ってたの?私の誕生日」
「もちろん。はい、プレゼント」
「ええ?!用意してくれてたの?」
「当たり前だろ?誕生日知ってたのに、プレゼント用意してないとか、そんな冗談言うつもりはない。でも…」

そこまで言って急に口を閉ざした文哉に、真里亜も起き上がって、どうしたの?と首を傾げる。

「うん。あんまり喜んでもらえないかも。まさか先を越されるとは思ってもなくて…」

ん?どういうこと?と、更に真里亜は首をひねる。

「真里亜、これを受け取ってくれる?」

意を決したように、文哉がケースを開けてみせた。

「こ、これ…?!」

真里亜は驚いて息を呑む。

それは、真里亜の胸元で輝くネックレスと同じモチーフの、更にダイヤモンドが美しく煌めく指輪だった。

「この仕事を成功させて、必ず真里亜にプロポーズするって決めてたんだ。そしたら、ニューヨークでパーティーに招かれて、滞在中に真里亜は誕生日を迎える。もうこれは、今しかない!って張り切ってた。でもまさか…」

あ…と、真里亜がバツの悪そうな顔をする。

「まさかの真里亜からの逆プロポーズ。はあ…、俺ってなんでこんなに情けないんだろう」

しょんぼりとうなだれる文哉に、真里亜は慌てて口を開く。

「そ、そんなこと!文哉さん、私、すごく嬉しい。それに名前のことを聞かれたから、つい思ってることを言ってしまって…。その、プロポーズのつもりじゃなかったの。ごめんなさい」
「そうか…。じゃあ、改めて」

文哉は背筋を伸ばして座り直すと、真里亜を見つめる。

「真里亜。いつも俺をサポートしてくれてありがとう。真里亜のおかげで今俺は、仕事にも自分の人生にも真っ直ぐに向き合うことが出来る。真里亜がいてくれるから、俺は自分の信じる道を進める。どんなに感謝してもし切れない。この先もずっとそばにいて欲しい。そして俺が必ず真里亜を幸せにする」
「文哉さん…」

真里亜は胸がいっぱいになり、思わず声が震える。

「私もあなたのおかげで今こうして幸せでいられます。あなたが仕事に打ち込む姿を見て、私もがんばろうと勇気をもらっています。そしてがんばった先には、こんなにも素晴らしい世界があるんだって教えてもらいました。文哉さん、これからもずっとそばにいさせてください。あなたのそばで、ずっとサポートさせてください。そして…」

真里亜は少し言葉を止めてから顔を上げた。

「私を、天城 真里亜にしてください」

ふっと文哉が優しく微笑む。

「ありがとう、真里亜。これからもそばにいて。必ず幸せにするから」
「はい」

文哉は頷くと真里亜の左手を取り、ゆっくりと薬指に輝く指輪をはめた。

嬉しそうに微笑んで指輪を見つめる真里亜は、ダイヤモンドの輝きよりも美しいと文哉は思った。

そっと肩を抱き寄せると、愛を込めてキスをする。

「お誕生日おめでとう、真里亜」
「ありがとうございます。素敵なプロポーズも、ありがとう、文哉さん」

微笑み合って、またキスをする。

ニューヨークの夜は、今夜もまた二人に甘いひとときをもたらした。
< 170 / 172 >

この作品をシェア

pagetop