恋は秘密のその先に
帰国してまず最初に社長室に向かった時も、ニューヨークの様子を報告したあと、社長に問い詰められた。

「それで?他に報告することは?」
「あ、はい。私達、結婚することにいたしました」
「おー、ようやくか!待ちくたびれたよ、おめでとう!入籍は?もう済ませたのか?」
「いえ、まだです」
「そうか。文哉、逃げられないうちに入籍した方がいいぞ。我が社の阿部 真里亜は、みんなの注目の的だからな。ははは!」
「は、はあ」

どうやら本人達よりも、周りが盛り上がっているらしい。

文哉と真里亜は、結婚式よりも前に入籍することにした。

双方の両親に挨拶を済ませて証人のサインをもらうと、大安の日に婚姻届を提出した。

手を繋いで役所をあとにすると、真里亜は晴れ晴れとした表情で言う。

「これで私も、天城 真里亜ですね」
「やっぱり寂しい?阿部 真里亜じゃなくなって」

役所の人も、婚姻届に目を通し、アベ・マリアさんなんですねーと感心していた。

きっと心の中で、変わっちゃうのはもったいない、と思われたのかも…と文哉は思っていた。

「寂しくなんてないですよ。だって、文哉さんと同じ名字になれたんですから」
「真里亜…」
「んー、でも会社では旧姓を使ってもいいですか?副社長や社長と同じでは肩身が狭いので…」
「そんなことはない。でも、そうだな。旧姓の方がいい。俺が寂しいんだ、阿部 真里亜じゃなくなるのが」
「ふふ、なんだかおかしい。マリッジブルーですか?文哉さん」
「うん、そうかも」
「やだっ、あはは!」

真里亜は明るく笑いながら、文哉の顔を見上げる。

「出逢った頃は私のこと、『きょうこ』だの『ともこ』だの、色んな名前で呼んでたのに」
「ええ?そうだったか?」
「そうですよ。『ゆりこ』と、あとなんだったかな?もう一つあったような…」
「人様の名前を間違えるなんて、失礼なやつだな」
「どの口がおっしゃいますか?!」
「あはは!」

でも、と真里亜は改めてあの頃を思い返す。

住谷と恋人同士だと思っていた文哉。
冷血副社長で鬼軍曹と呼んでいた文哉と、今こうして入籍したなんて。

「副社長の秘密を抱えていた時の自分に、いずれこの人と結婚するんだよって教えたら、びっくりするだろうな」
「確かに。俺もまさかスパイだと警戒していた相手と結婚するなんて、信じられないだろうな」

真里亜は文哉の言葉に、は?と固まって立ち止まる。

「スパイ?って、何のお話ですか?」

文哉は、ヤベッと小さく呟く。

「ちょっと、文哉さん!なんですか?それ。まさか、私のことをスパイだとでも?」
「いやいや、とんでもない。こんなに可愛いスパイがどこにいるのやら?」
「ひどーい!やっぱりスパイだと疑ってたんだ!」
「いや、あれはもう時効。だってそのあとに、うんと幸せになれたからさ」
「なんだか上手く丸め込まれた気がする…」

真里亜は口を尖らせてから、ま、いいか!と明るく言う。

心の中で過去の自分に、大丈夫、幸せになれるよと伝え、未来の自分に、この先もずっと幸せだよね?と尋ねる。

もちろん!という声が聞こえた気がして、真里亜はふふっと微笑んだ。

文哉の手をぎゅっと握りしめ、見つめ合ってからまた歩き出す。

秘密の先に待っていた恋。
距離を置いていた相手と、いつの間にか心を通わせていた自分。

たくさんの困難を乗り越え、共に力を合わせてやり遂げた仕事。

出逢った頃には想像もしていなかった未来が、二人を待っていた。

そしてこれからも、二人でしっかりと手を取り合って歩いて行く。

この人と一緒なら、この先も必ず明るい世界が開けると信じて…。

真里亜と文哉は互いの手の温もりも感じ、この上なく幸せな気持ちを胸に、軽やかに歩いて行った。

二人の未来へと続く、輝く扉のその先に…

(完)
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