恋は秘密のその先に
真里亜が出て行き、部屋はシーンと静まり返る。

カタカタとパソコンのキーボードを叩く小さな音がする中、やがて住谷はため息をついた。

「なあ、文哉」
「なんだよ、仕事中に」
「お前さ、いい加減にしないと、この先誰もお前についてくれなくなるぞ」
「は?何の話だ?」
「秘書だよ。いや、この世の女性全員か」

はあ?と、文哉は手を止めて住谷を見る。

「一体、何が言いたいんだ?智史」
「お前、今ついてくれてるあの子、何人目か知ってるか?」
「何人目って、秘書が?あー、そう言えば以前と人が代わってるな。いつ代わったんだ?」

住谷はまた大きなため息をついて、ソファに座り込んだ。

しばらくじっと考えてから、ゆっくりと口を開く。

「文哉。俺はさ、子どもの頃からお前のことを知ってる。まだ高校生だったお前が、赤字で潰れかけたこの会社を救ったこともな」

急に何の話だ?とばかりに、文哉は怪訝な面持ちで住谷を見る。

「お前はあの時、コンピュータテクノロジーやITについて必死で勉強して、社長である親父さんにアドバイスし続けた。それでこの会社は倒産を免れた。副社長に就任する前から、いや、お前は入社する前からずっとこの会社を支えてきたんだ。それは確かな事実だ。でもな、文哉」

住谷は身を乗り出して、真っ直ぐに文哉を見る。

「いつまでもこのままではだめだ。ワンマンなやり方は、必ず会社をだめにする。小さな会社ならまだしも、ここまで大きくなったんだ。もうお前一人の考えで動かすのは危険だ。もっと周りのスタッフに頼り、そしてお前自身も頼られる存在にならなければ。言ってる意味、分かるか?」

文哉は、ゆっくりと頷く。

客観的に考えてみれば、確かにその通りだ。
自分は知らず知らずのうちに、最も自分がなりたくないと思っていた、頭の固い単なる頑固親父になろうとしていた。

「そうだな、お前の言う通りだ。俺は今まで周りに相談せず、何でも一人で進めてきた。このままだとだめな人間になる」
「ああ。それにお前はいずれトップに立つ人間だ。周りからの人望も厚くなければいけない。足元をすくわれない為にもな」
「分かった。肝に銘じるよ、約束する。智史、ありがとう。お前だけが俺をちゃんと叱ってくれる」

すると住谷は、ふっと柔らかい笑顔を浮かべた。

「いや、俺なんかの言葉を素直に受け取ってくれてありがとう。俺の方こそお前に感謝している」

二人はまるで子どもの頃のように、飾らない表情で微笑み合う。

「文哉。まずはさ、周りに少し目を向けてみろ。相手の様子をよくうかがうんだ。それだけでも見えてくるものが変わるぞ」

住谷の言葉に、文哉はしっかりと頷いた。
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