恋は秘密のその先に
その後、文哉もスリーピースの仕立ての良いスーツに着替え、真里亜のドレスと見比べながらスタッフがネクタイやチーフの色を選んでいた。

二人の準備が整うと、車に乗り込む。

まず後部座席に文哉が座り、真里亜が助手席に座ろうとドアに手をかけると、住谷が止めた。

「阿部さん。副社長のお隣にどうぞ」
「は?いえ、秘書の分際でそんな…」
「今日のあなたの装いは、どう見ても単なる秘書ではありませんよ」
「いえ、秘書は秘書ですから。あ、それでしたら私、やっぱりビジネススーツに着替えて来ます」

真里亜が踵を返そうとすると、おい、と低い声で文哉が呼び止める。

「早く乗れ。遅れる」
「は、はい」

ヘビに睨まれたカエルのように、真里亜は首をすくめて後部座席の端に小さく座る。

やれやれとため息をついてから、住谷は運転席に回って車を走らせ始めた。

「阿部さん。今日は私が副社長の秘書を務めますから、どうぞご心配なく。阿部さんは副社長の隣にいてくださいね」

ハンドルを握りながら住谷が優しく話しかけると、真里亜は恐縮して頷く。

「はい、すみませんがよろしくお願いいたします」
「あなたが謝ることはないですよ。こちらこそ、あなたに副社長の同伴女性をお願いする形になってしまって、申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です。お役に立てる自信はありませんが、精一杯努めます」

(そうよ。お二人の恋のお手伝いをがんばらなくちゃ!)

そんな真里亜の様子をバックミラー越しに見て、住谷は、おやおやと感心する。

(文哉の為に、ちょっと強引に利用させてもらったのに、阿部さんは健気だなあ。文哉の反応もやたらと初々しいし。こりゃ楽しみだ!)

またもやご機嫌で住谷は車を走らせていた。
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