恋は秘密のその先に
「智史、今話せるか?」
真里亜が昼休憩に入ってから、文哉は住谷に電話をかけた。
「ああ、大丈夫だ。どうかしたのか?」
「うん、その…。彼女のことなんだけど」
「彼女?お前、いつの間に彼女出来たんだ?」
「ちがっ!何言ってんだ?」
「あはは!分かってるよ。真里亜ちゃんのことだろ?」
「ああ」
「それならそうと、真里亜ちゃんって言えばいいのに」
「言えるか!そんな気安く…」
「おおー。お前、マジだな」
「なにがだ!お前なあ、俺が真剣に…」
「はいはい、分かったよ。それで?真里亜ちゃんがどうかしたのか?」
うん…と、文哉は声を潜める。
「智史。やっぱり彼女はスパイなのかな?」
「…なんでそう思うんだ?」
「それが実は…。夕べ彼女を帰らせたあと、ハッキングされそうになったんだ」
えっ!と住谷が言葉を失う。
「なんとか免れたけど、コンペ前の大事な時期だ。情報を盗まれたり、乗っ取られたりしたら大変なことになる。なあ、智史。やっぱり彼女はうちの情報を狙うスパイなのか?」
「お前はどう思うんだ?」
「俺は…。彼女がそんなことをするとは思えない」
文哉がきっぱり言い切ると、電話の向こうで住谷がふっと笑みをもらすのが分かった。
「文哉、お前が正しい。真里亜ちゃんはスパイなんかじゃないよ。お前のことを必死でサポートしてくれる有能な秘書だ。いや、正確には秘書ではないがな」
どういうことだ?と訝しむ文哉に、住谷は全てを打ち明けた。
文哉が冷血な余り、女性秘書が全員配置換えを申し出たこと、仕方なく人事部の真里亜がその場しのぎに秘書となり、なぜそんなに皆が文哉から逃げ出すのかを探るよう言われたこと、そして後任が決まれば、いずれ真里亜は人事部に戻ることを。
「じ、人事部?彼女は人事部の人間なのか」
「ああ。だから秘書課の名簿に名前がなかったんだ。人事部の名簿を見てみろよ。ちゃんと載ってるよ、阿部 真里亜ちゃん」
「なっ…そ、そんな」
驚き過ぎて言葉が出てこない。
「だからな、文哉。お前の思った通りだよ。真里亜ちゃんはスパイなんかじゃない。信頼出来るお前の大事な片腕だ」
「俺の、片腕…」
文哉はポツリと繰り返す。
「ああ。秘書でもないのに、お前の為に一生懸命がんばってくれてる。大事にしろよ、彼女を。じゃあな」
電話が切れたあとも、文哉はしばらく呆然としたままだった。
(まさか、そんな。人事部から?)
半信半疑のままパソコンのマウスを操作して、人事部の名簿をクリックする。
名前の順の一番上に『阿部 真里亜』とあった。
新卒で入社3年目の24歳。
飾らない真っ直ぐな瞳の顔写真。
文哉は画面を見つめたまま、胸に熱い想いが込み上げて来た。
(逃げ出した秘書の代わりに?秘書課でもなく、人事部にいたのに?秘書の仕事なんてやったこともないはずなのに、あんなにも細やかに俺のサポートを…。俺に無理矢理恋人のフリをさせられたり、冷たくあしらわれたのに、さっきもそんな俺の身体を心配してサンドイッチを…)
「それなのに、俺は彼女をスパイだなんて…」
うつむいて、唇を噛みしめる。
「…すまなかった」
誰もいない部屋でポツリと呟き、文哉はグッと涙を堪えた。
真里亜が昼休憩に入ってから、文哉は住谷に電話をかけた。
「ああ、大丈夫だ。どうかしたのか?」
「うん、その…。彼女のことなんだけど」
「彼女?お前、いつの間に彼女出来たんだ?」
「ちがっ!何言ってんだ?」
「あはは!分かってるよ。真里亜ちゃんのことだろ?」
「ああ」
「それならそうと、真里亜ちゃんって言えばいいのに」
「言えるか!そんな気安く…」
「おおー。お前、マジだな」
「なにがだ!お前なあ、俺が真剣に…」
「はいはい、分かったよ。それで?真里亜ちゃんがどうかしたのか?」
うん…と、文哉は声を潜める。
「智史。やっぱり彼女はスパイなのかな?」
「…なんでそう思うんだ?」
「それが実は…。夕べ彼女を帰らせたあと、ハッキングされそうになったんだ」
えっ!と住谷が言葉を失う。
「なんとか免れたけど、コンペ前の大事な時期だ。情報を盗まれたり、乗っ取られたりしたら大変なことになる。なあ、智史。やっぱり彼女はうちの情報を狙うスパイなのか?」
「お前はどう思うんだ?」
「俺は…。彼女がそんなことをするとは思えない」
文哉がきっぱり言い切ると、電話の向こうで住谷がふっと笑みをもらすのが分かった。
「文哉、お前が正しい。真里亜ちゃんはスパイなんかじゃないよ。お前のことを必死でサポートしてくれる有能な秘書だ。いや、正確には秘書ではないがな」
どういうことだ?と訝しむ文哉に、住谷は全てを打ち明けた。
文哉が冷血な余り、女性秘書が全員配置換えを申し出たこと、仕方なく人事部の真里亜がその場しのぎに秘書となり、なぜそんなに皆が文哉から逃げ出すのかを探るよう言われたこと、そして後任が決まれば、いずれ真里亜は人事部に戻ることを。
「じ、人事部?彼女は人事部の人間なのか」
「ああ。だから秘書課の名簿に名前がなかったんだ。人事部の名簿を見てみろよ。ちゃんと載ってるよ、阿部 真里亜ちゃん」
「なっ…そ、そんな」
驚き過ぎて言葉が出てこない。
「だからな、文哉。お前の思った通りだよ。真里亜ちゃんはスパイなんかじゃない。信頼出来るお前の大事な片腕だ」
「俺の、片腕…」
文哉はポツリと繰り返す。
「ああ。秘書でもないのに、お前の為に一生懸命がんばってくれてる。大事にしろよ、彼女を。じゃあな」
電話が切れたあとも、文哉はしばらく呆然としたままだった。
(まさか、そんな。人事部から?)
半信半疑のままパソコンのマウスを操作して、人事部の名簿をクリックする。
名前の順の一番上に『阿部 真里亜』とあった。
新卒で入社3年目の24歳。
飾らない真っ直ぐな瞳の顔写真。
文哉は画面を見つめたまま、胸に熱い想いが込み上げて来た。
(逃げ出した秘書の代わりに?秘書課でもなく、人事部にいたのに?秘書の仕事なんてやったこともないはずなのに、あんなにも細やかに俺のサポートを…。俺に無理矢理恋人のフリをさせられたり、冷たくあしらわれたのに、さっきもそんな俺の身体を心配してサンドイッチを…)
「それなのに、俺は彼女をスパイだなんて…」
うつむいて、唇を噛みしめる。
「…すまなかった」
誰もいない部屋でポツリと呟き、文哉はグッと涙を堪えた。