恋は秘密のその先に
「あの、少し話をしてもいいか?」

文哉が控えめに口を開くと、真里亜はゆっくりと文哉を見上げた。

「はい」

テーブルにグラスを置いてから、文哉の正面に身体を向ける。

「何でしょう」
「うん、あの…」

文哉は、真里亜とのこれまでのことを思い出しながら話し出す。

「色々、本当に申し訳なかった。人事部から来てもらっているとは知らずに、遅くまで仕事につき合わせたり、あれこれ指図して。それに、その…。都合よく恋人のフリまでさせてしまって、本当にすまなかった」
「いえ、そんな」
「ハッカーに侵入された時は、副社長室にいたばかりに、あんな怪我までさせてしまって。守れなくて悪かった」
「気にしないでください。副社長のせいなんかじゃありませんから」
「いや、俺の責任だ。その上、キュリアスのチームから強引に外してしまって…」

真里亜は少し視線を落として考える。

「それって、私が怪我をしたからなのでしょう?私がまた危険な目に遭わないように、副社長室から遠ざけようとして」

文哉は黙って頷く。

「だが結局は、またお前に助けられた。キュリアスの件が上手くいったのは、お前のおかげだ。今日のパーティーで色々な企業から声をかけられ、興味を持ってもらえたのも、お前がキュリアスの社長に気に入られたからだ」
「そんなことは…」
「いや、絶対にそうだ。お前には本当に助けられてきた。ありがとう」
「副社長…」

素直に礼を言って真っ直ぐに見つめてくる文哉から、真里亜は視線を逸らすことが出来なかった。

こんなふうに見つめられるのは初めてで、どう振る舞えばいいのか分からない。

「後任の秘書を探してもらっても構わない。だが俺は、出来ればお前に戻って来て欲しいと思っている。俺の秘書として」

驚いて真里亜は目を見開く。

「散々迷惑をかけておきながら、更にこんなことを言い出すなんて、図々しいのは分かっている。けど、お前以上の秘書なんて、見つかるとは思えない」
「まさかそんな…」

真里亜が否定しようとすると、文哉は真剣に続けた。

「俺にとってはお前が一番なんだ。どうか考えてくれないか?人事部から総務部秘書課に異動して、俺について欲しい。正式な副社長秘書として」

まるで射抜くような眼差しと、深くて澄んだ色の瞳。
真里亜はその視線に捕らえられ、何も考えられなくなる。

「やっぱり、だめか?」

小さく文哉が呟き、真里亜はハッと我に返った。

「あ、いえ!」
「じゃあ、引き受けてくれるのか?」

確かめるように顔を覗き込まれ、真里亜はうろたえてうつむく。

「あの、少し考えさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「え、ああ。もちろん」
「すみません。なるべく早くお返事しますね」
「分かった。無理を言ってすまない」
「いえ」

そして二人の間に沈黙が流れる。
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