不器用な神野くんの一途な溺愛
「……」



その言葉を聞いた時、俺の中で、何かの映像が思い出された。

けど、断片的にだ。完璧には思い出せない。俺は頭を軽く振って、小野宮の話に集中する。



「橋の下に落ちた原稿は、川に流されちゃって……。幸い、ひざ下までの浅い川だったから、取りに行ったの。でも……とれるわけ、ないよね。私が橋の下に降りる頃には、原稿は一枚も残ってなかった」

「小野宮……」

「それで、結局……風邪ひいちゃって。入学式からしばらく休んで、やっと完治して登校した頃には、やっぱり一人ぼっちの生活が待っていて……」

「!」



浅い川、水に入る女、入学式の欠席――



これらの単語で、完璧に思い出した。


俺が新入生代表の挨拶を任された後、原稿用紙を買いに外に出た時だ。

あの時俺は、確かにこの川で、小野宮に似た女を見た。
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