制服のまま,君の。
6話 ちりぢり。
⚪家 リビング
ソファーの上。
「っ」
腕を引かれ片足をつく綴。
「鈴……くん?」
鈴は下から綴をじっと見る。
「もー!!! なんであんな帰し方しちゃうの?! 優羽くんにもちゃんと説明しなきゃ」
さらに引っ張られる綴。
⚪回想
怪訝に綴を見るロングの女の人。
優羽を威嚇するように見下ろす鈴。
鈴は綴の手を取り
『用無いなら,もう帰るから』
『『ちょっ』』『えっ』
ーバタン
有無を言わさず,扉に消える2人。
回想終了
綴は鈴の上に着地する。
「誰? あの男」
「ゆっうくんの事?」
「名前なんて聞いてない。誰?」
名前じゃないって……どういう事???
「小宮山優羽くん。クラスメートで,小学生の頃から近所に住んでて,同じ委員会の友達だよ」
これでいい? と見上げる綴。
むすっとした顔を深める鈴。
「なに一緒に帰ってきてんの? そんなんだったら走って帰ってこいよ」
「なっなんで?」
そんなこと,いつもは言わない。
さっきだって急がなくていいって。
傷つき驚く綴。
突如綴はぎゅっと抱き締められる。
「ごめん。纏まんない」
「わっ私だって何言ってるか分かんないよっ。どうしたの?」
はあ,とため息をつく鈴。
「人がせっかく慣れてきたとこなのに……次から次に余計な人間が家に来るの,ウザイ」
女の人と……優羽くんの事?
でも慣れてきたって,嬉しい。
「優羽くんは上がりに来たんじゃないよ。送ってくれただ……ひゃっ」
背中に重い衝撃。
綴は目をつむり,後ろに倒れる。
その目の前には,綺麗な顔の鈴。
「あと……綴が訳の分からない男に大事にされてるの見ると,ムカつく。何これ,思い出すだけでもくそうざい」
何その嫉妬……みたいなの。
自分だって
「きれーなお姉さんに抱き付かれて平気な顔だったのに」
「は? 何て言った? あれは平気とかそんな次元じゃなくて」
「じゃあ! 私が鈴くんに同じことしても,怒らない?」
綴は鈴を真正面に見上げて,見つめる。
何,言ってるんだろう私。
彼女でもないのに,こんなわがままみたいな。
だって
⚪回想
『鈴くん,やっぱり私は納得できない!!』
あの人の事は突き放さなかったのに。
回想終了
私は散々近づくなって。
不公平じゃない?!?(?)
「……怒らねーよ」
突き放せず照れてるだけの鈴。
どうせ出来ないと思っている。
なにその,間。
勘違いでむっとする綴。
鈴くんのこと,もしかしたら好きかもしれないなんて。
試す,チャンスかもしれない。
「出来るんなら……」
めらめらどきどきと頭をあげる綴に,鈴は気づかない。
綴は腰をソファーから浮かせ,鈴の首に手を回す。
言葉を止め,見開いたまま硬直する鈴。
綴はぱっと話してまたソファーに倒れる。
スッと細める鈴。
「……綴? お前ほんと,なにしてんの」
「ちょっと,待ってください……?」
真っ赤な顔面を,両手で隠す綴。
ハグだけでこんなにどきどきするなんて,思わなかった……!!!
なんとなく顔をそらし,ゆっくりと体を離す鈴。
鈴がソファーの端で身体を預け,もたれる。
2人の間に流れる,微妙で無言の空間。
「綴,あのさ─────」
遠くを見つめるような鈴。
起き上がり,その言葉へ綴はこてんと首をかしげる。
⚪校門前 放課後
「……ねぇ綴」
「うん……」
「どうすんの?」
理海に横目で尋ねられ,困ったように微笑む綴。
ずりりと肩を滑るかばんを気にする余裕はない。
「あれ,彼氏に近づくなって言われてる謎の密会女性じゃないの?」
「ちょっと違うよ,見ても無視して逃げろって言われたの。あと密会じゃない」
「変わんないよ,どうするの,こっち来てるけど。逃げる?」
出来ないよ。
優雅に,けれど逃がすまいといった顔ですたすたと歩いてくるのは,昨日のロングが魅力的な女性。
「りっちゃん,ごめん……帰っててくれる?」
理海は肩をすくめ,綴を気にしながら帰っていく。
「あの,ごめんなさい。こんにちは」
「こん,にちは」
綴はどきまぎと会釈する。
りっちゃん,鈴くん,ごめん!
私もやっぱり,気になるよ。
ぎこちない笑みを浮かべ,えへへとかばんの持ち手を握る。
⚪カフェ 窓際の2人席
「何も,頼まないんですか?」
両手でホットのカップを包み,女性は綴を見る。
「はい,直ぐに帰ろうと思っているので……」
今更ながら綴は着いてきて良かったのかと不安になる。
昨日約束したばかりなのに。
「あの,やっぱ」
「年上の私が,婚約破棄されてまで鈴くんに固執するの,どうなんだって分かっているんです」
ハラハラと泣き出す女性の言葉に,困惑する綴。
婚約破棄?
「でもやっぱり,納得も諦めもつかなくて」
どうして?
鈴くんは色んな人からのお誘いを断っていたんじゃないの?
なのに,この人とは婚約までしていたの?
綴は黙っていることしか出来ず,彼女の話は続く。
「申し遅れました。清水家と長年懇意にしていただいている,谷 穂希と言います」
代々事業会社をやっているのだとか。
「お話,戻しますけれども」
帰るに帰れなくなった綴。
こくんと不安げに頷く。
聞いても,いいのかな。
逃げたいな。
綴は肩をすくめ,首をふる。
「確かに,その……浮気で結婚を白紙にしたのは,こちらに非があったと思っています。けれどそれも5年も前ですし」
うわき?!
目の前の彼女,穂希さんが?
予想外の展開に驚く綴。
穂希の電話が鳴る。
「あら,残念。もっとお話ししたかったのに……」
穂希は勝手に会計へと向かう。
「ですけれど,覚えておいてくださいまし。私が今もあなたの立場を狙っていることを」
自然と後を追う綴。
「私ももう半年で大学生となる身。相手を選ぶ時間などないのです。だからこそ,どんなことでもするでしょう」
自動ドアが開く。
店の前についている黒い横長の車。
「例えば,綴さんと弟さんの一生を保証するなど。屈辱的でしょうが,それが今のあなたの立場です」
「待っーー!」
どうか,お忘れなきよう。
スタイルのいい背中が,綴を向くことはない。
パタンと扉が閉まり,さっさと離れていく。
私達の関係を,私のことを調べたんだ。
鈴くんが私とい続けてくれるのは,私が可哀想だから。
穂希さんは鈴くんが好き。
だから,私には……降りろって,そう言ってるの?
ざわめく胸を,ぎゅっとおさえる。
分からないことでいっぱいだ。
「すみません,コーヒー一杯,お願いします」
「え,あ,はい」
呆然と席に戻る綴。
ひとつ分かるのは,鈴くんが私を護ろうとしてくれていること。
穂希さんの言う通り,それが2人でいる意味になっているかもしれないこと。
だって,鈴くんと向き合えるようになったのは。
鈴くんが私の事情を知ってからだった。
届いたコーヒーを,震える唇に運ぶ。
どうしよう私。
最初はただ,一希と私で生きていられたらってそれだけなのに。
そのために鈴くんはとても大切な存在なのに。
それだけじゃ,足りなくなってる。
鈴くんの義務感で,この先の幸せを縛ってしまうなら。
鈴くんが私を向かないのなら。
その手を放してしまう日が来るかもしれない。
一希,私はどうしたらいい?
……こんな時に頼るのが弟なんて,ダメな姉でごめんね。
鈴くんが好き,鈴くんが好きだから。
この時間も関係も手放したくない,渡したくないよ。
グッとカップを傾ける。
「っ」
喉が焼けるような熱さに,思わず離す綴。
その手を,誰かが掴む。
「見つけた!!!!!!」
「優……くん?」
汗ばんでいる優の額。
正面から顔を覗かれて,瞳を大きく開く綴。
「そんな顔でコーヒー飲むくらいなら,出よう? 日野さん」
「っうん……」
うつむく綴の手を取って,会計をする優。
「あっごめんね」
「これくらいいいよ」
優はにこりと笑う。
「あの,どうしてここに?」
上目に尋ねる綴に,ときめく優。
顔をそらし,説明する。
「『彼氏を取り合う女の戦場は,それを思わせないお洒落なカフェと決まってるのよん』」
「?」
「伊藤さんの言葉。それ聞いて探してたんだ」
理海ちゃんってば……!
どうして優くんを巻き込むの?!
驚きと恥ずかしさで顔を赤らめる綴。
「彼氏って,清水鈴くんのこと?」
「あっ。それ,は」
「日野さんを悲しませた相手は,昨日の女の人?」
「全部,内緒でお願いします……」
言い訳できない状況に,折れる綴。
「日野さん,これからは綴さんって呼んでもいい?」
「えっあっうん? いいよ」
急に?
綴がふと落ち着く。
「綴さん,好きです。本当はまだ言うつもり無かったんだけど。友達も,ただのクラスメートも……やめさせてください」
「……え」
「僕が清水鈴くんよりもかっこよくなることは無理だけど。絶対に清水くんよりも綴さんを大切にするから」
頭を下げる優。
その頭に触れていいのか,手を伸ばし戸惑う綴。
好き?
それって,私が鈴くんに向けるものと,一緒?
「少しでいいから,僕のことも見ていてください」