兵士となった幼馴染の夫を待つ機織りの妻
 それから今日まで……涙で袖を濡らしながらも、村を離れることができなかった。

 ——もう、今日こそ出て行かないと……

 雪乃は最後に見た清隆の顔を思い出す。

「行ってくる。雪乃、三年は長いけど……待っていてくれ」
「……はい、あなた」

 安心させるように笑顔を見せると、清隆は雪乃の頭をそっと撫でた。家を出て道を進みながら、何度も振り返っては雪乃に手を振っていた。

 風呂敷の中に衣服を詰めた雪乃は、私物を残さないように家の中を整理した。元々、両親が死んだときに片付けていたから、それほど多くはない。

 この家には両親と暮らした思い出だけでなく、清隆の匂いも残っている。

 農夫にしておくには惜しいほどの恵まれた体躯に、見る人を惹きつける整った風貌。村中の娘が彼に憧れていた。結婚した当初は嫉妬もされたけれど、清隆の溺愛ぶりを見せつけられると誰も文句を言えなくなる。

 襟からのぞくうなじに残る、赤い所有印が消えることはない。新婚生活を尋ねても、はにかんだまま頬を赤らめる雪乃の顔を見れば、彼女が大切にされていることは一目瞭然だった。

 けれど――山間の村の冬は寒く、貧しい。

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