兵士となった幼馴染の夫を待つ機織りの妻
 雪乃は中途半端になった織物をそのままにして、草履をはいた。まだ日が高いうちに出て行き、隣村にある村長の親戚の家に身を寄せるように言われている。

 ——今晩はそこに泊まらせてもらって、明日からは都を目指そう。

 都であれば、住み込みの仕事があるかもしれない。機織りでなくとも、丈夫な身体があれば女中でも子守りでも何でもできる。

 雪乃は土間におりると引き戸を勢いよく開けた。未練を残さず、世話になったこの家を出て行こう。眩しい光を受け顔をしかめると、じゃり、と砂を踏む足音が聞こえる。

「よぉ……雪乃。へへ、まだいたようだな」

 家の前に立っていたのは、村長の息子の誠一だった。清隆のいない間、幾度となく厭らしい目で見られたけれど、ここまで近づかれたことはない。

 単衣の着物をだらしなく着崩し、下卑た笑いを浮かべている。今日は村をあげた宴会とあって、いつもは雪乃を守ってくれる義家族も出払っていた。——嫌な予感がする。

「な、何しに来たの……」

 恐れを滲ませた声を上げると、誠一は口角をあげた。

「村を出るんだろう? その前に、俺の相手をして貰おうってことだ」

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