追放予定(希望)の悪役令嬢に転生したので、悪役らしく物語を支配する。

49.悪役令嬢の家出。

「で、家出先が俺の研究室って近場過ぎるだろ。せめてうちの屋敷で待ってろよ」

 もしくは婚約者のとこ行けよ。
 と呆れた口調で私を出迎えたのはこの研究室の主人である私の師匠だ。
 休日出勤しているだろうなとは思っていたけれど、予想通り研究室に居てくれて私はほっと胸を撫で下ろす。

「流石にこの顔をエリィ様やロア様に見せるのはなぁって」

 お父様に叩かれて腫れた頬。
 魔力も使い果たして満身創痍。
 悪虐の限りを尽くして全力抵抗してきた私は、

「好きな人の前では可愛くいたいじゃないですか?」

 しれっとそんな事を述べて師匠の研究室で勝手にお茶を淹れて飲む。
 もちろんビーカーではなく、自前のティーセットで。

「それにしたって、お前もう少し他に頼る先ないのかよ。友人とか」

「ふふ。面白い冗談ですね、師匠。今まで私がそんな存在を連れて歩いているところを見た事が一度でもお有りになって?」

 笑顔で聞き返した私に、

「お前、言ってて虚しくならないか?」

 哀れみの視線を向けてくる師匠。

「友人の数で競うなら師匠とタメを張りますね」

 にこにこにこにこと応戦しながら私は紅茶にミルクを垂らし、

「さて、問題です。妻と子どもと弟子と部下と仕事関係を除いた時、果たして師匠には何人まともにお話しできる相手がいるでしょうか?」

 10秒以内にお答えくださいと促す。
 笑顔の私を前に沈黙した師匠に、

「もう少し丁寧に傷口抉りましょうか?」

 そう尋ねると師匠が嫌そうに舌打ちをしたので、これ以上の追求は勘弁してあげることにした。
 追い出されたら本日の宿に困るしね。

「別にどこで待機したって一緒ですって。どうせ見張られてますし」

 と私は窓の外に視線をやる。
 王家の影がどの辺に潜んでいるのか全く分からないけど。
 まぁ、それ以外も多分公爵家の護衛もいるんでしょう。

「だから、まぁ一泊くらい、二人きりにしてあげようかなーっていう可愛い娘の思いやりです」

 すぐ迎えが来ると思いますよ、人質もいますしと私が言えば。

「その思いやりに何でいつも俺が入ってねぇーんだよ」

 あーそう、と諦めたように師匠がそう言い返す。

「ヤダなー入ってますよ? いれた上での師匠巻き込みです。上司からの信頼と私を保護したという貸し。この2つがあれば多少のおねだりは聞いてくれるんじゃないですかね」

 私の価値は高いですよ、何せお父様は私にベタ甘なので。
 ふふっと私はいつものやり取りを楽しみながら笑った。

「あーハイハイ。全く、激情させて歯でも折られたらどうする気だったんだ」

 ポーションを作り終えたらしい師匠は、私の側に来て手際よく手当てをしてくれる。
 どうやら私の状態に合わせて新しく作り直してくれたらしい。
 師匠は本当に面倒見がいいなとここに来て正解だったと内心で感謝する。

「んー多分。お父様そこまでできないだろうな、って。だって、お父様この顔好きだし」

 師匠がポーションを塗布すると、あっという間に痛みも違和感も引いた。

「で、初めての親子喧嘩の感想は?」

 灰色の瞳がニヤニヤと私に尋ねる。

「控えめに言って最高。言いたい放題言ってスッキリしました」

 師匠も娘の育て方には注意した方がいいですよと言った私に、

「随分と反抗的に育ったもんだ」

 ポンポンと軽く私の頭を撫でる。

「何せ師匠が万年反抗期みたいな人なもんで」

「誰が万年反抗期だ。このバカ弟子が」

 そう言って私の頭上に手刀が落ちたのは言うまでもない。

 一泊の寝床を確保した私は、一人になってから回収した手紙を並べていく。
 その手紙のほとんどはお父様宛で、あとは節目ごとのお兄様宛。
 全ての封筒に宛名と番号が振ってあった。
 結構な量だというのにお母様マメだなぁと感心してしまう。

「学校に入るセザールへ、か。もう来年には卒業しちゃうわ」

 もっと早く見つけてあげればよかった、とどうにもならない苦い思いが込み上げる。
 お父様とお兄様がここまでこじれて過ごすなんてきっとお母様も想定していなかったのだろう。
 ある程度仕分けしたところで、一通だけ色味の違う封筒を見つける。

「これ、は?」

『愛しい娘、リティカへ』

 たった一通。
 だけど確かに私に宛てられたその手紙を手に取って、読んでいいのか躊躇いゆっくり開封する。
 そこに書かれてあったのはたった一言。
 私は何度も読み返し、驚いて目を瞬かせる。

「"また、夢で会いましょう。アリシアより愛を込めて"」

 お母様は、一体何者なのだろう。
 だけど私にはシンプルな文面からそれ以上の事を読み取る事はできなかった。
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