追放予定(希望)の悪役令嬢に転生したので、悪役らしく物語を支配する。
「あ、そうだ。屋敷改装するなら、いい職人紹介しようか?」
ロア様の態度にドギマギしてしまう私をよそに、ロア様はそう言って話題を変えた。
改装、という単語になけなしの冷静さを取り戻した私は、
「……どこまで知っているのですか?」
そう言って眉を顰める。
監視付きの身分である事は理解しているけれど、本当どこまで筒抜けなんだと普段考えないようにしていた出来事に恐ろしくなる。
「リティカが隠す気のない情報なんて、すぐ俺の耳まで入るに決まってるじゃないか。アリシアの部屋爆破したんだって? そんな面白い事やるなら呼んでくれたら良かったのに」
リティカの勇姿見たかったなぁなんて言うけれど、とてもヒトに見せられたものではない。
公爵令嬢が自宅の爆破なんて、本来なら褒められた事ではないだろうし。
「燃やしたのは、お父様の保存魔法とお母様の残した空間認知を歪める魔術式だけです」
ちゃんとお部屋も元に戻るように修復魔法も組み込んだんですよ、と私は設計図をテーブルに広げる。
「わぁ、よくこんな精密で複雑な組み合わせの魔法描いたね。あ、古代魔法まで網羅してある」
事故がないように念入りに根回しはしたけれど、実験すらできなかった魔法の起動。公爵家の敷地内でなければ処罰の対象だ。
「セザールとカーティスの事、ずっと気にしてたしね。リティカ、沢山勉強したんだね」
私の執念にも似たその魔法の痕跡を見てただ頑張ったねと褒めてくれるロア様の言葉と私の髪を撫でる手の温かさに私は不意に泣きたくなった。
「リティカ、どうしたの?」
「なん……でも」
ない、と言いかけた言葉に詰まる。
「リティー?」
優しい声と私をまっすぐ見つめる藍色の瞳に全部を暴かれそうな気がして、私はただ首を振る。
どうして、私は悪役令嬢なんだろう?
なんて。言えるわけがない。
ずっと、何度も何度も、このゲームに関する夢を見る。
どのルートで、どんな結末を迎えても、私はこの国の未来にはいない。
だって、私は悪役令嬢だから。
「リティー、君は一体何にそんなに怯えているの?」
伸びて来た指先が私の頬にそっと触れる。
自分以外の体温に感情が溢れてしまった私は子どもみたいにポロポロと涙を溢す。
「どうしても、教えてはくれない?」
こんな風に優しさをちらつかせられたら、甘えたくなってしまう。
だけど、と私は硬く目を瞑る。
「バタフライ……エフェクト」
どうせ、この先この国にいないなら、私は最高の悪役令嬢になろうと決めた。
物語にとって、意味のある悪役に。
悪役は私一人で充分。
だから、私は待っている。この国に暗雲をもたらす悪魔が、私に甘言を囁く瞬間を。
「私は、それが一番怖い」
師匠ルートを潰した時に思ったのだ。
やはりコレは誰かに話すべきではない、と。
蝶の僅かな羽ばたきが嵐を呼ぶように、私の発言で物語が支配できなくなるのが怖い。
「……分かった、もう聞かない」
そう言ったロア様は私の腕を引くとそっと私を抱きしめる。
「だけど、これから先俺がどんな行動を取ったとしても、俺はリティカの味方だから。それは覚えておいて」
君は俺の恩人なんだ、と耳元で囁いたロア様に私は何も言えなくて。
抱きしめられた温かい腕の中で、ただ、どうにもならない"もしも"を考えていた。
もしも、ロア様が王子様なんかではなくて。
もしも、私が悪役令嬢ではなくて。
もしも、私達が婚約者なんて間柄でなかったなら。
私は自分の感情をもっと上手く殺せたのに、と。
『リティカ、みーつけた』
そう言って、無邪気に私を見つけてくれていた子どもだったロア様はもういない。
触れた事で知ってしまった私より骨ばった大きな手の力強さと、鍛えてある身体の逞しさ。
この人は、私が守らなきゃいけないと思った私の可愛い王子様なんかではなく、もう立派に国の一端を背負う責任者なのだと急に自覚してしまった。
それと同時にこの関係の終わりが見えた気がして、私はただ静かに泣き声を殺す。
それ以上何も言えず、頷き返すことさえできない私を、ロア様はただ黙って抱きしめていた。
そのまま寝ついてしまった私とロア様が、朝出勤して来て実験室のドアを開けた師匠に、
「……家出の猫とお姫様の番犬。まぁ、いっか。面倒くさいから黙っとこ」
と見逃してもらったお陰で怒られずに済んだという事を知るのはもう少し先のお話。
ロア様の態度にドギマギしてしまう私をよそに、ロア様はそう言って話題を変えた。
改装、という単語になけなしの冷静さを取り戻した私は、
「……どこまで知っているのですか?」
そう言って眉を顰める。
監視付きの身分である事は理解しているけれど、本当どこまで筒抜けなんだと普段考えないようにしていた出来事に恐ろしくなる。
「リティカが隠す気のない情報なんて、すぐ俺の耳まで入るに決まってるじゃないか。アリシアの部屋爆破したんだって? そんな面白い事やるなら呼んでくれたら良かったのに」
リティカの勇姿見たかったなぁなんて言うけれど、とてもヒトに見せられたものではない。
公爵令嬢が自宅の爆破なんて、本来なら褒められた事ではないだろうし。
「燃やしたのは、お父様の保存魔法とお母様の残した空間認知を歪める魔術式だけです」
ちゃんとお部屋も元に戻るように修復魔法も組み込んだんですよ、と私は設計図をテーブルに広げる。
「わぁ、よくこんな精密で複雑な組み合わせの魔法描いたね。あ、古代魔法まで網羅してある」
事故がないように念入りに根回しはしたけれど、実験すらできなかった魔法の起動。公爵家の敷地内でなければ処罰の対象だ。
「セザールとカーティスの事、ずっと気にしてたしね。リティカ、沢山勉強したんだね」
私の執念にも似たその魔法の痕跡を見てただ頑張ったねと褒めてくれるロア様の言葉と私の髪を撫でる手の温かさに私は不意に泣きたくなった。
「リティカ、どうしたの?」
「なん……でも」
ない、と言いかけた言葉に詰まる。
「リティー?」
優しい声と私をまっすぐ見つめる藍色の瞳に全部を暴かれそうな気がして、私はただ首を振る。
どうして、私は悪役令嬢なんだろう?
なんて。言えるわけがない。
ずっと、何度も何度も、このゲームに関する夢を見る。
どのルートで、どんな結末を迎えても、私はこの国の未来にはいない。
だって、私は悪役令嬢だから。
「リティー、君は一体何にそんなに怯えているの?」
伸びて来た指先が私の頬にそっと触れる。
自分以外の体温に感情が溢れてしまった私は子どもみたいにポロポロと涙を溢す。
「どうしても、教えてはくれない?」
こんな風に優しさをちらつかせられたら、甘えたくなってしまう。
だけど、と私は硬く目を瞑る。
「バタフライ……エフェクト」
どうせ、この先この国にいないなら、私は最高の悪役令嬢になろうと決めた。
物語にとって、意味のある悪役に。
悪役は私一人で充分。
だから、私は待っている。この国に暗雲をもたらす悪魔が、私に甘言を囁く瞬間を。
「私は、それが一番怖い」
師匠ルートを潰した時に思ったのだ。
やはりコレは誰かに話すべきではない、と。
蝶の僅かな羽ばたきが嵐を呼ぶように、私の発言で物語が支配できなくなるのが怖い。
「……分かった、もう聞かない」
そう言ったロア様は私の腕を引くとそっと私を抱きしめる。
「だけど、これから先俺がどんな行動を取ったとしても、俺はリティカの味方だから。それは覚えておいて」
君は俺の恩人なんだ、と耳元で囁いたロア様に私は何も言えなくて。
抱きしめられた温かい腕の中で、ただ、どうにもならない"もしも"を考えていた。
もしも、ロア様が王子様なんかではなくて。
もしも、私が悪役令嬢ではなくて。
もしも、私達が婚約者なんて間柄でなかったなら。
私は自分の感情をもっと上手く殺せたのに、と。
『リティカ、みーつけた』
そう言って、無邪気に私を見つけてくれていた子どもだったロア様はもういない。
触れた事で知ってしまった私より骨ばった大きな手の力強さと、鍛えてある身体の逞しさ。
この人は、私が守らなきゃいけないと思った私の可愛い王子様なんかではなく、もう立派に国の一端を背負う責任者なのだと急に自覚してしまった。
それと同時にこの関係の終わりが見えた気がして、私はただ静かに泣き声を殺す。
それ以上何も言えず、頷き返すことさえできない私を、ロア様はただ黙って抱きしめていた。
そのまま寝ついてしまった私とロア様が、朝出勤して来て実験室のドアを開けた師匠に、
「……家出の猫とお姫様の番犬。まぁ、いっか。面倒くさいから黙っとこ」
と見逃してもらったお陰で怒られずに済んだという事を知るのはもう少し先のお話。