追放予定(希望)の悪役令嬢に転生したので、悪役らしく物語を支配する。

52.悪役令嬢と狂い始めた歯車

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 この乙女ゲーム|《エタラブ》の世界観を語るには、大きな柱が2つある。
 ひとつが現代において失われつつある"精霊信仰"。
 そしてもうひとつが、今だに絶大な影響力を持つ"神託"。
 そのどちらにも関わりのある存在。
 それが王家ですら手が易々と出せない、神殿という名の聖域。
 その頂点に君臨する存在が、牢に囚われた私の事を見下ろす。

「ああ、なんと罪深いことでしょう。公爵令嬢ともあろう方が、王太子と聖女に手をかけるなんて」

「……お二人は、どうなったのですか」

 私はやっていない。
 誰も手助けしてくれない私に、2人に手を出すチャンスなどあるはずもない。
 だけど、そんな事実など大した事ではないのだ。
 嫉妬に狂った悪役令嬢、リティカ・メルティーが、国を救うために奮闘していた王太子と聖女を害した。
 そんなストーリーを大多数の国民が信じている。だとすればそれがこの国の"真実"だ。

「勿論、一命を取り留めておいでですよ。神殿に住まう精霊様のおかげでね」

 発展した魔法文化のせいで形骸化しかけた精霊信仰は再び注目を浴び、人々の関心を集める。
 そして、この国はこの男を捕らえる機会を失うのだ。
 永遠に。

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「きゅゅゅ!! きゅーきゅ!!」

 大きな声で鳴きながら、一生懸命私の枕元でぴょんぴょん跳ねるスイを視界にとらえて、

「……バッドエンドは、何度見ても頭が痛くなるわね」
 
 私はそっとため息をつく。
 ゲームではここまで詳細なやりとりは描かれていなかったはずだけど、大筋は見覚えがある。
 王子ルートバッドエンドで、疫病を防げず魔物の毒を浴びて倒れる2人の姿。
 ああならないように、慎重に動かなくてはと気合いを入れる。

「きゅきゅきゅ?」

「大丈夫よ、スイ。逃しはしないわ、絶対に」

 起こしてくれてありがとう、と心配そうなスイに失敗した薬品を渡し撫でた後、私は制服に袖を通す。

「時系列的にそろそろ"神託"が降る頃かしら?」

 私は消印も差し出し人の名もないスミレの花が描かれた封筒を開いて中身を確認する。

『南部で動きあり。詳細は追って』

 簡潔な報告を目で追って、魔法で全て燃やす。

「……無事に釣れるといいんだけど」

 予定していなかった私の行動が、吉と出るか凶と出るか。
 その結果は、今日分かる。

「さて、今日も悪役令嬢頑張りますか」
 
 そう独り言を呟いて、私は身支度を済ませた。
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