追放予定(希望)の悪役令嬢に転生したので、悪役らしく物語を支配する。
「…………それが本音ですか」
感動して損したわと舌打ちする私に、
「お前年々態度悪くなってねぇ?」
淑女がそれでいいのかよと師匠は眉根を寄せる。
「申し訳ございません。お手本にすべき師匠の態度が悪いもので♡」
移ってしまいましたわぁ〜とわざとらしく肩をすくめれば、
「あーハイハイ。じゃ、王妃殿下に怒られても諦めろ」
不遜な態度を改める気のない師匠はそう言ってため息をついた。
「そう言えば師匠、なんだかとってもいい匂いがするのですけれど」
師匠は香水を付けられないし、エリィ様の匂いとも違う。
ふわりと香る優しい匂いに首を傾げる私に、
「あ、そうだ。王太子殿下からの預かりもの」
思い出したように師匠は紙袋を差し出す。
「そこで会ったんだ。執務室にいるから会ってけばって言ったんだが、集中してるみたいだからってさ」
中身を取り出してみれば、乾燥したお花がコロンと丸められ、透明の袋に丁寧にラッピングされてあった。
「は? なんだこれ?」
と訝しげな視線を寄越す師匠を見ながら、
「すごい、こんなに沢山の種類初めて見た」
私はクスッと笑って袋を一つ手に取る。顔を近づければふわっと甘い薔薇の香りがした。
「工芸茶です。お湯を注ぐとポットの中でふわっとお花が咲くの」
可愛いと茶葉を眺めながら私は師匠に説明する。
「へー初めて見た」
工芸茶はこの国では馴染みが薄く、取り扱っている店舗もない。
公爵令嬢の私ですら手に入れるのは難しい代物だ。
「こんな貴重なものをくださるなんて」
声をかけてくれたら一緒に飲んだのにと思いかけ、ああもうそんな日はないのかもしれないなと思い直す。
『ついに見放されたんじゃないかしら』
『花の一つも贈っていないそうよ』
『お茶会も無くなったみたいね』
『聖乙女と王太子殿下が並ぶと本当に美しいわ』
『聖乙女は精霊祭でも立派に王太子殿下のパートナーを務め上げたそうよ』
『今時、政略結婚なんて流行らないわ』
学園に上がる前から覚悟していたそれらの声は、嫌になる程よく響く。
「……リティカ、どうした?」
「え、いや、んーと」
師匠の声でぼーっとしていた思考が戻るも、私は言葉が見つけられず、ただ手の中にある工芸茶に視線を落とす。
婚約者、という立場だとしても。約束の一つもなければこんなにも会わないものなんだと今更ながら実感する。
あちらは王族なのだから、それは当然のことで。
月1回のお茶会だなんて、今までが特別だったのだ。
そして、ロア様とライラちゃんが無事に結ばれたなら、私が2人の前に姿を現すことは2度とない。
ストーリーは正しく進んでいるはずなのに、たまに叫び出したくなるほど苦しいのはなんでだろう。
「さっき受け取ったばかりだから、今走れば間に合うと思うぞ」
「え?」
「会いたいなら自分で動け。あえて空気読まずにぶち壊して突っ込んで行くのがお前の持ち味だろうが。殊勝な態度なんてリティカらしくない」
「は? バカにしてます?」
「行動力があるって褒めてんだよ、バカ弟子が」
灰色の瞳が真っ直ぐに私を射抜く。
「男がこっそり花を贈りたい理由なんて、一つしかねぇんだよ。全く、男心の分からん奴め」
私は師匠の言葉を聞きながら手元にあるコロンと丸い工芸茶に視線を落とす。
いつもはロア様オリジナルのブレンド茶なのに、今日は違う。
贈りたかったのは、お茶じゃなくてお花の方?
『これから先俺がどんな行動を取ったとしても、俺はリティカの味方だから』
あの夜のロア様の言葉が不意に蘇り、ぎゅっと胸の奥を掴まれたような感覚を覚える。
「何かを成し遂げたいなら、主軸は常に自分に置け。無責任な外野のセリフに惑わされるな」
私が悪役令嬢として物語を支配し、辿り着きたい結末があるように、ロア様にもロア様が成し遂げたい"何か"があるのかもしれない。
私は知らない。
ロア様がどんな意図で動いているのかも。
ロア様の側近にあたる攻略対象の2人の様子がおかしい理由も。
大神官がこれからどんな手に出ようとしているのかも。
「自分の世界の中心はお前自身だろうが」
「……ふふっ、超絶自己中理論」
さすが私の師匠と私は笑い返す。
「とりあえず、お花のお礼を言ってきます」
私は悪役令嬢だ。
だから、正攻法なんて知らないわ。
嘘つきだらけのこの世界で、どれだけ正確に情報が拾えるかわからないけれど、私は物語を進めるために走り出した。
感動して損したわと舌打ちする私に、
「お前年々態度悪くなってねぇ?」
淑女がそれでいいのかよと師匠は眉根を寄せる。
「申し訳ございません。お手本にすべき師匠の態度が悪いもので♡」
移ってしまいましたわぁ〜とわざとらしく肩をすくめれば、
「あーハイハイ。じゃ、王妃殿下に怒られても諦めろ」
不遜な態度を改める気のない師匠はそう言ってため息をついた。
「そう言えば師匠、なんだかとってもいい匂いがするのですけれど」
師匠は香水を付けられないし、エリィ様の匂いとも違う。
ふわりと香る優しい匂いに首を傾げる私に、
「あ、そうだ。王太子殿下からの預かりもの」
思い出したように師匠は紙袋を差し出す。
「そこで会ったんだ。執務室にいるから会ってけばって言ったんだが、集中してるみたいだからってさ」
中身を取り出してみれば、乾燥したお花がコロンと丸められ、透明の袋に丁寧にラッピングされてあった。
「は? なんだこれ?」
と訝しげな視線を寄越す師匠を見ながら、
「すごい、こんなに沢山の種類初めて見た」
私はクスッと笑って袋を一つ手に取る。顔を近づければふわっと甘い薔薇の香りがした。
「工芸茶です。お湯を注ぐとポットの中でふわっとお花が咲くの」
可愛いと茶葉を眺めながら私は師匠に説明する。
「へー初めて見た」
工芸茶はこの国では馴染みが薄く、取り扱っている店舗もない。
公爵令嬢の私ですら手に入れるのは難しい代物だ。
「こんな貴重なものをくださるなんて」
声をかけてくれたら一緒に飲んだのにと思いかけ、ああもうそんな日はないのかもしれないなと思い直す。
『ついに見放されたんじゃないかしら』
『花の一つも贈っていないそうよ』
『お茶会も無くなったみたいね』
『聖乙女と王太子殿下が並ぶと本当に美しいわ』
『聖乙女は精霊祭でも立派に王太子殿下のパートナーを務め上げたそうよ』
『今時、政略結婚なんて流行らないわ』
学園に上がる前から覚悟していたそれらの声は、嫌になる程よく響く。
「……リティカ、どうした?」
「え、いや、んーと」
師匠の声でぼーっとしていた思考が戻るも、私は言葉が見つけられず、ただ手の中にある工芸茶に視線を落とす。
婚約者、という立場だとしても。約束の一つもなければこんなにも会わないものなんだと今更ながら実感する。
あちらは王族なのだから、それは当然のことで。
月1回のお茶会だなんて、今までが特別だったのだ。
そして、ロア様とライラちゃんが無事に結ばれたなら、私が2人の前に姿を現すことは2度とない。
ストーリーは正しく進んでいるはずなのに、たまに叫び出したくなるほど苦しいのはなんでだろう。
「さっき受け取ったばかりだから、今走れば間に合うと思うぞ」
「え?」
「会いたいなら自分で動け。あえて空気読まずにぶち壊して突っ込んで行くのがお前の持ち味だろうが。殊勝な態度なんてリティカらしくない」
「は? バカにしてます?」
「行動力があるって褒めてんだよ、バカ弟子が」
灰色の瞳が真っ直ぐに私を射抜く。
「男がこっそり花を贈りたい理由なんて、一つしかねぇんだよ。全く、男心の分からん奴め」
私は師匠の言葉を聞きながら手元にあるコロンと丸い工芸茶に視線を落とす。
いつもはロア様オリジナルのブレンド茶なのに、今日は違う。
贈りたかったのは、お茶じゃなくてお花の方?
『これから先俺がどんな行動を取ったとしても、俺はリティカの味方だから』
あの夜のロア様の言葉が不意に蘇り、ぎゅっと胸の奥を掴まれたような感覚を覚える。
「何かを成し遂げたいなら、主軸は常に自分に置け。無責任な外野のセリフに惑わされるな」
私が悪役令嬢として物語を支配し、辿り着きたい結末があるように、ロア様にもロア様が成し遂げたい"何か"があるのかもしれない。
私は知らない。
ロア様がどんな意図で動いているのかも。
ロア様の側近にあたる攻略対象の2人の様子がおかしい理由も。
大神官がこれからどんな手に出ようとしているのかも。
「自分の世界の中心はお前自身だろうが」
「……ふふっ、超絶自己中理論」
さすが私の師匠と私は笑い返す。
「とりあえず、お花のお礼を言ってきます」
私は悪役令嬢だ。
だから、正攻法なんて知らないわ。
嘘つきだらけのこの世界で、どれだけ正確に情報が拾えるかわからないけれど、私は物語を進めるために走り出した。