追放予定(希望)の悪役令嬢に転生したので、悪役らしく物語を支配する。
「そんな……じゃあ、ロア様は!? リティカ様は王子様の婚約者ではありませんか!?」

「婚約もいずれ破棄されるでしょうね。今の私は王太子の婚約者に相応しくない」

 身体もこんな状態だしと私は手首につけられている拘束具をさして淡々と事実を告げる。

「私はただ家柄で選ばれただけ。代わりはいくらでもいるのよ、ライラ」

 相応しい人間がいれば宛てがう、それだけだ。

「そ……んな」

 悲しい色に染まる翡翠の瞳。
 婚約破棄による王太子妃のポジションが空けば大抵の人間は喜ぶというのに、ライラちゃんは駆け引きなくただ私を案じてくれているのが分かる。
 だから、私は笑って嘘を吐く。

「そう悲観しないで。ちょっと清々しているの。だって、私コレでようやくお役御免。晴れて自由の身だもの」

「自由の身?」

「私、王太子妃になりたいと思った事などありませんの」

 驚きの表情を浮かべるヒロインを前に、私は笑顔の仮面を貼り付けて、

「ロア様の事はお兄様やセド同様、おそれ多くも家族のような親愛は抱いておりますが、私は男性として彼を愛していない」
 
 心にもない事を口にする。
 本当は、ロア様が助けに来てくれて嬉しかった。叶うなら、彼のそばにいたいと思った。だけど、私ではダメなのだ。
 悪役令嬢であることを選んだ私は、彼の隣に立つには少々悪事を重ね過ぎた。
 何より、私ではロア様の魔障を取り除いてあげられないから。

「政略結婚なんて今時流行らないわ。結婚するなら心から好きになった相手を選びたいじゃない?」

 愛しているから、私は離れる事を選ぶ。ハッピーエンドに悪役令嬢はいらないから。
 嘘と本当を織り交ぜて、そう語った私は。

「だから、私に遠慮をする必要も義理立てる必要もありません」

 目を逸らすことなく、真っ直ぐにヒロインを見つめる。

「ライラ。今のあなたなら、憧れているヒトの一番側でその力を使う方法だって選べるのよ。チャンスがあるなら、迷わずその手を取りなさい」

 私はそう言ってヒロインの背を押す。憧れている人の役に立ちたい、と言ったヒロインがゲーム通りロア様と結ばれる事を願って。

 そうして私は公爵家からも母国であるクレティア王国からも離れた。
 湿っぽいのは嫌なのと言って、見送りは誰にも頼まなかった。
 私はもう、国に戻るつもりはない。事実上の国外追放。クレティア王国の情報が遮断された状態で静かに日々を過ごしている。
 国を出て以来ロア様に会う事はなく、手紙の一通も送らず、送られる事もない関係。
 元々王家と公爵家が結んだ私達の婚約を白紙にするのに、当人同士は必要ない。
 悪役令嬢が去った後、迎えた恋物語の結末を私は知らないけれど、2人を阻むものはもうないのだから、きっとそれはゲームみたいに誰もが羨むハッピーエンドなんだろう。
 ……なんて、直視する勇気もないくせにと我ながら呆れてしまうけど。
 それでも希望通り追放を選んだ私は祈るのだ。
 別れた道の先で、あなたが幸せでありますように、と。
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