追放予定(希望)の悪役令嬢に転生したので、悪役らしく物語を支配する。
 この話の落としどころは、どこにあるのだろう。
 私は一方的に責められている侯爵と提示された金額を眺めながら、慎重に考える。
 自分が公爵令嬢だという立場も踏まえて、最適解を弾き出さなければ、何の犠牲も出さずにこの場を収める事は難しいだろう。
 正直、私は慰謝料(課金費用)さえもらえればそれでよかったのだけれど、お父様の怒り具合から察するに事はどうも簡単に済みそうにはないし。
 それより何より、会ったこともないヴァレンティ侯爵令嬢のことが気になった。こんな毒親(母親)の下で育った彼女は、一体これからどうなるのだろう?
 この件が明るみに出れば、たとえ命が助かったとしても、狭い貴族社会の中でずっと後ろ指を指されることになる。そうなれば、行き着く先は戒律の厳しい修道院か。
 子どもは親を選べない。
 まだ9つの何の罪もない子どもに重い十字架を背負わせる事は果たして悪役令嬢のすることかしら?

「いいえ、それは私の美学に反するわ」

 ぽつり、と私はそう漏らす。

「リティカ?」

 私は悪役令嬢らしく傲慢な笑みを浮かべると、金額の提示された小切手を床に這いつくばる侯爵の上に落とす。

「お父様のおっしゃる通り、こんな端金では全然足らないわ」

 私は悪役令嬢だ。
 ヒロインの障壁(ライバル)であって、それ以外の他者をむやみやたらと意味もなく不幸のどん底に叩き落とすために存在するわけではない。

「この国唯一の公爵令嬢であり、未来の王妃候補である私の事を舐めていらっしゃるのかしら?」

 私は侯爵の前にしゃがみ込むと頬杖をつき、にこりと微笑んで小首を傾げる。

「私が受けた苦痛をこの程度で手打ちにするなんて、私そんなに甘くはなくてよ?」

 ここは私が前世でプレイした乙女ゲームの世界に似ているけれど、現実は残念ながらゲームとは違い優しくも甘くもなく、ご都合主義にはできていない。
 少し前まで荒れていたこの国には、まだまだ悪習が残っている。
 だから、どんな人間であれ罪は償わなくてはならない。
 決して陛下に、そしてこの公爵家に刃向かう者が出ることなどないように。
 だけど与える罰は、重過ぎても軽過ぎてもいけない。
 そうしなければ、また争いの炎が再燃してしまうから。

「……では、あなたは何をお望みでしょうか?」

 いつか裁かれる側の悪役令嬢である私が、こうして誰かを裁くなんて、なんて皮肉な事かしらと思いながら、私は涼やかに望みを述べる。

(イヌ)におなりなさい。決して私を裏切らず、私のために働く、私のためだけの狗に」

 そうすれば命を助けてあげる、なんて悪役っぽいセリフを並べながら、私は心の中でヴァレンティ侯爵にごめんなさいと謝る。
 国の重役の1つである財務大臣相手に狗になれだなんて、本来ならとんでもない要求だ。

「……狗」

 息を呑む侯爵に、

「ええ、そう。狗よ」

 私は間髪入れずにそう頷く。
 そもそもの話、ヴァレンティ侯爵が直接私に危害を加えたわけでは無いのだけれど、妻の監督不行と妻を王室教師に推薦したという点でヴァレンティ侯爵並びに侯爵家は同罪に問われてしまう。
 だからコレは私にできる最大限の彼らのための救済措置。
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