追放予定(希望)の悪役令嬢に転生したので、悪役らしく物語を支配する。
 ふっ、と笑ったお兄様は椅子から立ち上がると窓の外を眺める。

「ご苦労な事だ。昼夜問わず、休みもなしで」

 そう言って藍色のカーテンを閉める。

「王家に嫁ぐ、と聞けば華やかな生活や約束された地位と権力だけを思い浮かべる輩が多いが、うちの国に関して言えば実態はそうじゃない」

 お兄様は私の方を向き直し、淡々と言葉を紡ぐ。

「護衛の名目で四六時中王家の影に見張られ、屋敷から一歩出ればいつだって命の危険に晒される」

 それは、ロア様の婚約者となったその日から私について回る当たり前の私の日常。

「誰のどんな骸がいくつ足元にころがろうが、決して悟らせないために平静を装い、信用している相手にすら手札を見せない形で王妃教育を積まねばならない」

 それは、身を守るための最低条件。

「苦しい時に、苦しいとすら言えない。嘘つきだらけの魔窟。そんな場所からリティカはずっと、ロア様や他の令嬢を守って来たのにな」

 それは、私がずっとそうであればと願っていたこと。
 私はお兄様の言葉を耳で拾いながら、ゆっくりと目を瞬かせる。
 仲良く、なり過ぎてしまったかもしれない。
 私に無関心のままでいたならば、きっと気づかずに済んだのに。
 お兄様にこんな悲しい顔をさせてしまう私は、なんて不出来な妹なんだろう。

「リティ。もし、嫁ぎたくなければ行かなくていい。爵位を継ぐ俺がこれからも変わらず王家に忠誠を誓えばいいのだから」

 そう言ってお兄様は私に逃げ道を提示する。
 滅多に呼ばないくせに、こんな時だけ愛称で呼ぶなんてずるいと、私は不意に泣きそうになる。
 私、悪役令嬢だからロア様には嫁げないんです。
 と、言ってしまいたかった。
 だけど。

「お兄様。私、お兄様のおっしゃっていることが理解できませんわ」

 きょとんと私は首を傾げて見せる。
 そんなこと誰にも言えない。私にはどうしても手にしたい未来があるから。

「私は自分で選んでロア様の婚約者をやっているのです」

 ここはエタラブ(乙女ゲーム)の世界に酷似しているけれど、紛れもなく今私が生きている現実の世界。
 ゲームみたいに初めから結ばれる相手を選択できるわけじゃないし、今王子ルートに入っているのだとして、これから先絶対他のルートに行かないなんて保証はない。

「王家の影、なんて言っても別に気配を察する事すらできないので、普段はその存在を忘れているくらいの私にとっては、税金で護衛つけてもらえてラッキーくらいにしか思ってませんし」

 公爵家の権力とうちの雇いの騎士やお兄様、セドのおかげでお屋敷の中まで王家の影が入り込む事はない。
 おかげでプライバシーはわりと守られている方だと思う。

「特に、命を脅かされた覚えもありませんし」

 王室騎士団に籍を残しつつも、正式に私の執事として雇われいるセドが未然に防いでくれるから大事に至ったことはない。
 もし、私を狙う存在がいたとしてもきっとお父様が許さないから、少なくとも公爵令嬢である間はそう危険はないだろうと踏んでいる。

「やっかまれるのは仕方ありませんわ。だってほら、この美貌と財力に権力。私生まれながらの勝ち組じゃないですか? その上婚約者は見目麗しいみんなの憧れの王太子様」

 それらは全部、誰かから与えられたもので、自分の実力で手にしたものではない。
 だから、お前の力ではないと後ろ指を指されても仕方ない。

「ロア様と令嬢を守る? ただのリティカ(わたくし)のワガママですよ。ロア様に媚びて取り入ろうとする女が許せないだけ。いつも通りの癇癪です」

 この国の王様は一夫多妻だ。側妃が持てるのは王位を継いでからだけど、内々に話が進む事自体は珍しいことではない。
 愛しているヒトだけを一途に側に置けるなんて、物語だけ。現実は好きなだけでは、一緒にはいられない。
 だけど、私はそんな綺麗ごとで紡がれる優しい恋物語を望んでしまうのだ。
 みんなに愛される無双系ヒロインなら慣例なんて蹴散らせるんじゃないか、って。
 私はそれまでの繋ぎでしかない。だから、婚約破棄されるの(悪役令嬢)は私だけで十分だ。

「生憎と不自由しておりませんの。そんな私に五席以内に入れ、とおっしゃるなら、どうぞ私にやる気を出させてみせてくださいな」

 私は悪役令嬢らしく微笑むと、心の中で謝りながらお兄様のお願いを断った。
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