この結婚が間違っているとわかってる
改めて気付いた事実に気持ちが重くなり、小花の視線が自然と足元に落ちた。すると、壁によりかかっていた伊織がそこから背中を離すのがわかった。
両手をスラックスのポケットに突っ込んだまま体の向きを変えて、小花をじっと見下ろす。
『な、なに?』
長身の伊織に無言で見つめられるとこわい。小花が思わず一歩後ずさるのと同時に伊織がゆっくりと口を開いた。
『俺と結婚するのはどう?』
小花は一瞬なにを言われたのかわからなかった。もう一度頭の中で伊織の言葉を再生させてからようやく理解して『は?』という間抜けな声が漏れる。
(なに言ってるの? 伊織のことだから私をからかおうとしているのかも……)
数秒の沈黙のあとで小花は深い溜息を吐いた。
『あのさ、そんな冗談に付き合っているほどの心の余裕が今の私にはないから』
『いや、冗談じゃなくて』
伊織が再び壁によりかかる。
『片想いが実って兄貴と結ばれる可能性はもうなくても、お前は兄貴が好きなんだろ』
『当たり前でしょ。拓海くん以外の男になんて興味なし』
小花はきっぱりと言い切った。
伊織の長めの前髪から覗く涼しげな目元が小花をじっと見つめる。