岩泉誠太郎の恋
「もうすぐ終わっちゃうねー」

いつもの勉強会でその日出された課題をしていたら、集中が切れたらしい坂井君が呟いた。

「何が?」

「アラビア語。3年なんてあっという間だね。初めはどうなることかと思ったけど、椿ちゃんのおかげで本当助かったわー」

「日本人らしく謙虚さを売りにしている私だけど、それはさすがに合意せざるを得ないな。私が坂井君にアラビア語の単位を与えたと言っても過言じゃない気がするよ」

「椿ちゃんは語学の勉強が好きなんだもんね。必要もないのにわざわざアラビア語を選択するなんて、気が狂ってるとしか思えないよ」

「アラビア語の勉強は面白いから、今後も続けようと思ってるんだー」

「俺は単位が取れたらもうアラビア語には触れたくないかも」

「でも坂井君達は仕事で使うかもしれないからわざわざアラビア語を選択したんでしょ?」

「仕事は他にも色々あるからね。会社に入れば俺と誠太郎は同じ仕事をするわけじゃないし、多分俺にアラビア語は必要なかったんじゃないかなー?」

坂井君のお父さんは岩泉君の家の大元となる会社で重役をしているらしく、その関係で子供の頃から岩泉君と行動を共にしていると聞いていた。本人の意思とは関係なく、卒業後の進路が既に定まっているのかもしれない。

「授業がなくなったら、会う機会が減っちゃうね?」

「いや、減っちゃうっていうかなくなるんじゃない?勉強会も必要なくなるし」

「え!?そんな冷たいこと言わないでよ!俺達友達でしょ?勉強会は続けてもいいし、たまにはお茶やご飯に付き合ってよ!」

「えーーー」

思わず露骨に嫌な顔をしてしまう。

これまで、私は頑ななまでに彼と図書室以外で会うことを拒否してきたのだ。必要以上に坂井君と親しくしていると思われたくなかったから。

以前彼が言っていた『坂井君を利用して岩泉君に近づこうとする女の子』は実在していた。彼女達は私を通して坂井君や岩泉君とお近づきになりたかったようで、それをやんわり拒否すると蜘蛛の子を散らしたように去っていく。

なかには、私ごときが坂井君と親しくしていることに意見してくる人もいて、たちが悪いと嫌がらせを受けることもあった。

坂井君のことは好きだけど、そのせいで無駄に敵を作るのは望ましくない。かといって彼を見捨てることもできず、必要最低限の定期的な勉強会だけを持続することにしたのだ。

アラビア語の授業が終われば『坂井君の単位のため』という大義名分がなくなる。なのに勉強会を続ければ、攻撃される口実を与えるようなものじゃないか。

「うーーーん、できれば勉強会はもうしたくないかな?それにほら、お茶やご飯なら、坂井君は友達がいっぱいいるんだし、その人達と行ったらいいんじゃないかな?」

どんなに言葉を選んでも拒否にしかならなくて申し訳ないが、ここで折れたら残りの学生生活が辛く苦しいものになってしまいそうで、それはなんとしても回避したい。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、坂井君はわかりやすく拗ねた顔をしたけれど、それ以上無理を言うことはなかった。
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