30日後に死ぬ吸血鬼と30日後に花嫁になる毒姫
毒姫ザクスミルキ
皆が幸せに生きる平和な王国。
そんな王国の隅。辺境にある白い塔。
その塔は真っ白いイバラの森に守られていた。
今日も、そのイバラを避けるようにして作られた一つの道を馬車が来た。
「毒姫ザクスミルキ、さぁ毒をお納めなさい」
「はい」
その馬車から降りた女は、全身を真っ黒な布で覆って顔には大きな防護マスクをしていた。
彼女が差し出したガラス瓶を持つ手はガッチリとした手袋で覆われている。
毒姫と言われた娘は、真っ白な陶器のような肌。
瞳はサファイアのように青く、鼻筋は通って、美しい顔立ちだ。
彼女も真っ黒なドレスで、顔には薄いレースのベールをかぶっている。
美しい顔は無表情。
渡されたガラス瓶に、毒姫ザクスミルキは自分が持ってきた瓶から真っ赤な液体を注ぐ。
「どうぞ」
「恐ろしいおぞましい! あぁ……いやだ! こんな仕事もうしたくない!」
恐ろしいものを見るように、でも女は慎重に慎重にガラス瓶を受け取って更に二重にも三重にもなった箱にいれて鍵をかけた。
そしてザクスミルキの目の前に同じように重装備をした馬車の御者が木箱をドサリと置く。
「これが今月分の配給です。また来月に来ますから。あぁ気持ち悪い!」
もう慣れっこだ。
馬車はすぐにイバラのトンネルを左に曲がって見えなくなる。
「さぁ~……よいしょっと」
ザクスミルキは、気にする様子もなく木箱を開けた。
無表情から一変、可愛い笑顔を見せる。
「あ! 秋の葉野菜があるわ!! うふふ」
ザクスミルキが嬉しそうに言うと、玄関の奥から土のブロックをつなぎ合わせてできた無骨なゴーレムがとことこと歩いてきた。
背はザクスミルキの半分なのだが、木箱をヒョイと担ぐ。
ベールは邪魔だと外すと、ウェーブがかかった見事な銀髪が輝いた。
「ザクスミルキ、ドコヘオク」
「ありがとう、バイダイ。台所に置いてくれる?」
「ワカッタ。バイセイノトコロヘモッテイク」
「バイセイは、まだ眠っているから起こさないで」
バイダイが木箱を持っていく台所には、もう一体のゴーレムがいる。
バイセイは、ザクスミルキが幼い頃から面倒を見てくれた乳母のような存在のゴーレムだ。
ザクスミルキはもう十八歳。
なんでもできる年齢になった。
逆にバイセイは、もう土も固くなり動きも鈍ってきた。
あと少しで土に還るだろう。
そんな事は深く考えないように……とバイダイの後を追う。
「ザクスミルキ、テガミハイッテタ」
「お手紙? 毒に関する注文書じゃないの~?」
「チガウ。テガミ。アイロウ様から……」
アイロウという名前に反応するザクスミルキ。
「え!! バイダイ! 見せて!!」
バイダイの土でできたロボットのような手に綺麗な封筒が見える。
ザクスミルキは慌てて駆け寄った。
「アイロウ様から……」
配給の時の無表情が嘘のように、頬を染めて微笑んでザクスミルキは自分の部屋へ急ぐ。
塔は石造りで古いが、バイダイと一緒にいつも掃除をしているので不潔さはない。
履き慣れた黒いローヒールパンプスで五階にある自分の部屋へ向かう。
「アイロウ様……から!」
ザクスミルキは王族の血筋だ。
キーシャトラル家。
代々、その家に生まれた女子は猛毒の血を受け継ぎ、国のために血を捧げ続ける。
今の毒姫が、このザクスミルキだ。
毒姫はいつか世継ぎを産まなければならない。
婚姻関係も結ばず、男を一人この城に呼ばれ子供ができるまで夜を共にして男は毒で死ぬ。
そして子供は奪われて七歳になるまでは城の端で厳重に育てられ、七歳になるとこの塔に連れて来られ一人で暮らしていく。
残酷な運命だ。
「なんて書いてあるのかしら……お元気かしら」
アイロウはザクスミルキが六歳の冬に出会った王子だった。
城の庭で雪遊びしているうちに吹雪になり林に紛れ込んでしまったアイロウ王子を軟禁されていたザクスミルキが窓から見つけて助けた。
六歳ではまだ体から放たれる毒気は弱く、アイロウには何も影響はなかった。
軽めの防御服を着てザクスミルキの身の回りの世話をしていたメイドもまさか王子だとは気付かずに軟禁屋敷で彼の手当をしたのだ。
猛吹雪が止むまで、軟禁屋敷は孤立状態で城との連絡はとれずにいたがザクスミルキにとって今までの人生で一番楽しい三日間だった。
初めて見る自分と同じ年齢の子供。
アイロウは優しく聡明で、綺麗な少年だった。
メイドが少し注意をしたが、基本的に放置されていたので二人で色んな話をして沢山笑った。
結局、アイロウ王子の行方不明事件となって大スキャンダルになったのだが処罰されたのは庭でアイロウを見失った護衛達。
女王がアイロウが無事だったことでザクスミルキもメイドも許された。
それからアイロウ王子からは、たまに手紙が届くのだ。
ザクスミルキの部屋は、普通の村娘の部屋と変わらない。
森を見渡せる窓は絶景だが、他は石畳の上に丸い絨毯が敷かれベッドと机。
ザクスミルキは机からペーパーナイフを取り出して綺麗に封を破る。
今日はどんな事が書いてあるのだろう?
胸が高鳴る。
「……え……っ!?」
そこには驚く事が書かれていた。