30日後に死ぬ吸血鬼と30日後に花嫁になる毒姫

プレゼント

 ランチをして少しのんびりした後。
「ミルキィ、君もハクビヤに乗れるよう練習するんだ」
「えぇ? 私が?」
「あぁ。俺がいなくなったら、この先にある湖にハクビヤを沈めてやってくれ」
「……そんな」
 いなくなる……そんな言葉が胸に刺さる。
「もちろん可愛がってくれてもかまわない。ハクビヤはミルキィを気に入ったようだしな」
「ラーテ、あのやっぱり……いなくなるなんて」
「ミルキィ、俺の願いをどうか叶えてほしい。今更、やめるなんて言うなよ? 花嫁」
「でも……」
「さぁ、俺が横で先導してやるから」
 ラーテはハクビヤから降りてしまい、慌ててミルキィは持たされた手綱を掴む。
 怖かったが、やってみると案外楽しく置いた荷物の場所まで行く頃にはすっかり慣れた。
 そしてラーテの荷物を再び背負って、イバラ道を慎重に通って塔に帰った。
「ザクスミルキ」
「バイダイ! ただいま!」
 塔の周りはそれなりに広い。
「ハクビヤ、イバラに気をつけろ」
 餌もいらないし、どこかへ行ってしまうこともないというのでハクビヤは自由のままにさせることにした。
「夕飯を作って押し花も作らなきゃ」
 ミルキィは摘んできたクローバーを小さな花瓶に入れてリビングのローテーブルに飾る。
「食料は余りがあるのか? 俺の分の食事を出して大丈夫か」
「後半は野菜があんまりないかもしれないけれど大丈夫よ。地下の冷蔵庫にはたくさん食料はあるの。何かで物資を運べなくなって餓死されたら困るでしょ。うふふ冷凍肉だけど美味しく作るわね」
 ミルキィが微笑むと、ラーテが少し驚いたような顔をした。
「どうしたの?」
「いや、君は本当に優しいな、と思ってさ」
「あなたこそ、とても優しい」
 もちろん本心だった。
「ザクスミルキ、バイセイガヨンデル」
「えぇ行くわ」
 ミルキィはバイセイの元へ行き、子供の頃によく読んでもらった絵本を読んであげた。
 リビングに連れて行ってラーテに会わせたらバイセイはどう言うだろうか。
 きっとバイダイと同じように侵入者だと言うだろう。
 しかしバイセイはまた眠りについた。
 そろそろ……寿命なのかもしれない。
 涙を拭きながら、台所へ戻る。
 台所には地下から食材を運んできたラーテが夕食の準備に取り掛かろうとしていたところだった。
「ミルキィ……どうした」
「いいえ、なんでもないの」
「バイセイの調子が?」
「えぇ……もう長くはないわ」
「そうか……昨日は余計なことを言ってすまなかった」
「世間ではそういう常識なら不思議に思うのも無理はないわ」
 ゴーレムは見張りや運搬作業、土木作業などに使われる。
 一般的に使い捨てだと聞いたことはある。
 それに本来、幼子の面倒に使われることなどほぼない。
 しかしバイセイは母の代からのゴーレム。
 そしてミルキィにとっては母のような存在。
 またポロリと涙が溢れる。
「ごめんなさい……哀しくて」
「ミルキィ」
 ラーテが手を差し伸べようとした時、バイダイが現れた。
「バイダイもう大丈夫よ。好きに過ごしてね」
 バイダイは玄関の方へ行く。
 見張りをするつもりなんだろう。
 いつもは料理を作りながら、無機質な受け答えをするバイダイ相手におしゃべりをしていた。
 でも今はバイダイからラーテへの敵意を感じるので、三人での時間はどう過ごせばいいかわからない。
 なのでドシンドシンと歩くバイダイをそのまま見送った。
「ミルキィ」
「あ、大丈夫よ……」
「今日は疲れただろう、夕飯は俺が作るよ」
「で、でも……そんな」
「たまにはサボるのも大事さ。俺の手料理が不安か?」
「いいえ……でもいいの?」
「あぁ、任せておけ」
 ミルキィはずっと自分の手料理だけを食べてきた。
 塔に来る前に自分で料理できるように仕込まれたのだ。
 ゴーレムは細かい作業は苦手だから身の回りは自分でやる。
 配給で頼んだクッキーやパウンドケーキを食べることはあるが、塔に来てからは誰かの手料理を食べることはなかった。
「嬉しい、楽しみにしてるわ」
 ミルキィが微笑むとラーテも微笑んだ。
 確かに初めての大冒険で、今までに痛んだこともなかった筋肉痛を感じる。
 ということでお風呂に入ることにした。
「ふぅ……」
 お湯がいつもより身に沁みる。
 バイセイの最期を看取る……そしてラーテを30日後にも看取る?
「……そんなことできるの?」
 まだ引き返すことができるのではないか?
 しかし死はラーテにとって救いだという。
 温かいお風呂に入っても答えは出ず、ため息をつきながら塔へ戻る。
 テーブルの上には、熱々のスープ。パン、ポテトサラダが用意されていた。
「すごく美味しそうよ。え! しかもこのスープ、肉団子が入ってる」
「あぁ」
「わざわざひき肉にして? 力が強いからできるのね! すごいわ」
「食べてから褒めてくれよ。さぁ」
 ミルキィのために椅子を引いてくれたラーテ。
「うふふ、そうよね!」
「それではいただきます」
 ラーテの手料理はとても美味しかった。
 今日のことを思い出しながらの会話もとても楽しい。
 白ワインも進んで幸せな時間。
 食後はリビングのソファでミルキィは『少し待っててくれ』とラーテに言われて待っていた。
 ラーテは今日取りに行った自分の荷物からなのか大きな袋をもってきた。
「なぁに? それ」
「ミルキィ、これはプレゼントだ」
「えっ? プ、プレゼント?」
「あぁ。毒姫に会うのに手ぶらではね……ただ俺が勝手にイメージしていた雰囲気と違うから喜んでもらえるかな」
「怖い女だと思ってた?」
「気丈な迫力のある女だと思っていたさ。切り裂き女城主のようなね」
「まぁひどい。でも開けてみたらしょぼい女で」
「しょぼいってなんだよ。可愛らしい乙女がいた……」
 頬に手を添えられて見つめられ、ミルキィの胸が高鳴る。
「も、もう……」
「プレゼントは……」
「まぁスリットが大胆に入った真っ赤な薔薇模様のドレス!」
 スリットの入った真っ赤なマーメイドドレスだ。
 口紅も真っ赤。
 履いたことのないパンプスもハイヒールで真っ赤だ。
「イメージが強すぎたなぁ」
 国中の皆が考える毒姫のイメージがそうなのかもしれない。
「似合うかしら」
「ははは、まぁ無理に着る事はないさ」
「まぁ……でも嬉しいわ。ありがとう」
 二人で笑った。こんなにも自然で楽しい時間。
 吸血鬼だとしても、心は人間と同じにしか思えない。
 どうして、彼が孤独で……死を選ぶのか。
「今日はミルキィのベッドで、しようか」
 楽しい時間が過ぎ、寝る準備をしたが今日もあの儀式をラーテは忘れてはいなかった。

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