30日後に死ぬ吸血鬼と30日後に花嫁になる毒姫

わからない感情

「美味しいよ」
「うん、よかった」
 左腕が動かせなくなってもラーテは食事作りや掃除を手伝ってくれている。
 しかし身体は弱ってきていた。
 それなのに熱で寝込んだ次の日は遅れを取り戻すと言って、時間を空けて2回吸われた。
 2回目はいつも以上に敏感になって、ミルキィは自分でも信じられないような声をあげ快楽に溺れた。
「ミルキィ……素敵だよ」
 でも耳元で囁かれる声が、少し胸を刺す。
 『マーヤ』
 あの女のことを想っているくせに……そんなドス黒い感情がどろりと溢れる気がした。
 切なくて切なくて、色んな感情も蜜も溢れだす。
「ラーテ……もっと触ってほしい……ラーテ……」
 ラーテがしている事はミルキィを抱きしめて首筋に牙を立てて血を吸っているだけ。
 ミルキィの身体を撫でたり触れたりはしていない。
「それはできないよ……君は花嫁になるんだ。穢すことはできない」
 こんなにも喘いで、快楽に溺れているのに……。
 優しい言葉で言われても、ミルキィには酷く冷たい言葉に思えた。
 この男は本当に、酷い男。ズキズキと胸が痛む。
「も、もう寝るわ。あっちへ行って」
「あ、あぁ……今日は無理をさせたね。ありがとう」
 髪を撫でられたのも、今までの嬉しさはどこかへ行ってしまい手を払いたくなるような。
 幸福じゃない、苛立ち。
 なんだか自分の心がミルキィにはわからなくなってしまう。
 男に求めて拒絶された恥ずかしさと怒りなのか、混ざりあったままミルキィは眠りに落ちた。
 ラーテはまた、倒れそうになるのをこらえながら部屋に戻る。
 ミルキィの急な態度の変化。
 うなされた時に見た夢を思い出す。
「ふ……悪い男だと気付かれたか……ぐ……っ」
 タオルが真っ赤になるほど血を吐いて、ラーテは眠った。

 次の日、ミルキィは自分がラーテにした態度を恥ずかしく思った。
 朝起きて、また王子からの手紙を読んだ。
 何度も何度も愛の言葉の部分を読む。
「……そうよ、アイロウ様と結婚するの……それを協力してくれるというだけの彼に甘えて……私って何を考えているのかしら」
 ラーテとの楽しく甘い毎日を何か勘違いしてたんだ、とミルキィは結論づけた。
 甘く見えるけど本当は苦いもので……酸っぱくて苦い関係なんだ、と。
「私はアイロウ様と幸せになるんだわ」
 ミルキィは風呂に入って昨晩の乱れて汚れた身体を洗って、朝ごはんの支度を始める。
 ラーテは昼前にやっと起きてきた。
「おはよう。ミルキィ」
「もう昼よ」
「あぁ、すまない」
「別に。勝手に食べて」
「いただくよ、ありがとう」
 ラーテはいつもどおりだ。
 ミルキィは、テーブルにラーテの食事を置くとプイッとリビングへと向かう。
 ソファで本を読もうと、開くけれど……自己嫌悪になるだけだ。
 どうしてこんな意地悪い態度をとってしまったんだろう。
 でも、なんだか素直に今までみたいな態度がとれない。
「どうして……?」 
 その時、食器の割れる音が聞こえる。
「ラーテ!?」
「すまない……ヘマをしてしまった」
 グラスが床で割れていた。
 バイダイもミルキィの声を聞いて、外の見回りから戻ってきた。
 ラーテの動きはゆっくりと、グラスに触れようとする。
 しかしグラスよりズレた先で手が動く。
「ラーテ……目が?」
「あぁ……一瞬な……見えなくなる時がある。……もうハクビヤには乗れないな」
「そんな……ごめんなさい一人にして」
「いいや、君は悪くないさ」
「座っていて、片付けるから」
 まだ拾おうとするラーテを静止して割れたグラスを片付けて、新しい水を出した。
「美味かったよ。ごちそうさま。グラスすまない」
「いいのよ、新しいグラスが欲しかったし」
 注文をするのは次の配給。届くのはその次。
 その頃には……ラーテはもういない。
「ミルキィ」
 涙が溢れそうになって、ミルキィはラーテから背を向けた。
 そんなミルキィの後ろにラーテは立って肩に手を当てた。
「ミルキィ……俺が望んだことなんだ……君が気にすることはない」
「でも……」
「俺には喜びなんだ」
「……喜び?」
「ずっとずっと不死で、何も身体の不自由さなど感じた事がなかった……今、この不自由になりつつある身体になって……死ぬ前に感謝できている。五体満足だった頃に感謝できているんだ」
「でも……」
「優しい君に甘えて、すまない」
 ミルキィは今ここで、気丈に振る舞うことが必要だと感じた。
 彼は悪い男でも、冷たい男ではない。
 きっと、この優しさは本物。
 だから自分も優しさで接しなければいけない。
「いいえ……貴方との別れはすごく寂しい……でも彼との結婚の先にある幸せを信じるわ」
「……そうだ、ミルキィそれでいいんだよ。俺なんかどうでもいい。君の未来を信じるんだ」
 ミルキィはラーテへ振り返って彼を抱きしめた。
 でもそれは、友情の抱擁だ。
 ラーテも優しく抱きしめてくれる。
「はぁ……じゃあ今日は何をしようかしら」
「ミルキィ、俺はもうハクビヤを操ることはできない。だけど散歩へ行かないか?」
「私がハクビヤを操って?」
「そうだ」
「……えぇ、わかったわ。怖い思いがしたいのね?」
 わざと明るく笑って言った。
「あぁ。行こう。恐怖体験をさせてくれ」
「もう!」
 二人で抱き合って笑った。
 そうだ。
 此処にあるのは自分の願いを叶えるためだけの関係……。
 そう決めたミルキィは夜毎ラーテに血を吸われた。

 
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