30日後に死ぬ吸血鬼と30日後に花嫁になる毒姫

30日後に死んだ吸血鬼と花嫁になった毒姫

 バイセイが停止した次の日は、まだラーテは歩くことはできたがどんどん弱っていった。
 塔の一階のベッドに寝かされて、もう瞳もどこまで見えているかわからない。
 それでもミルキィは彼の口元に首筋を差し出し最後まで血を吸わせ続けた。
 ラーテも、激しい苦痛のなかで自分の死期を悟った。

 今日で30日。
 最後の吸血でラーテは死ぬ。
 そしてミルキィは毒姫ではなく、普通の女の子になれる……。
 今は昼かもわからない、しかし多分夜だ……とラーテは思う。
 枕元に蝋燭が光っている。
 今日は随分と蝋燭が多い、そして綺麗な花もところどころに飾られている。

 これは一体……とぼやけた意識のなかでラーテは思う。
「……ラーテ……」
「……ミルキィ……?」
 見えにくい視界でもはっきりと見えた。
 真っ赤なドレスを着たミルキィ。
 頭にはどこで手に入れ作ったのか、レースのベールを被っている。
「えへへ……」
「どういうことだ……?」
「私、貴方のお嫁さんになるわ。ラーテ」
 微笑むミルキィ。
「何を言っているんだ……」
「私と結婚してほしいの」
「ミルキィ、君は……俺に同情しているだけだ」
「ううん、逆よ。自分の気持ちにはっきりと気付いたの」
「……では、俺も最後に君に話すことがある」
 ラーテはミルキィの微笑みとは真逆の青白い顔をして、ベッドから起き上がった。
「ふふ。知っているわ……ラーテ、貴方は王子の手先なんでしょう?」
「!! ……なぜそれを……」
「私は、求婚されたのが王子だって言っていないのに、王子と幸せになるように言ったわ……」
 引っかかったが言わなかった言葉。
「……すまない……」
「いいの。貴方は私を逃げるよう考えてくれたのよね?」
「そうだ……今夜、君の血を吸えば君は自由になり、明日には王子が来るだろう……でもその前にハクビヤに乗って逃げるんだ……!!」
「王子はどうして私に求婚をしてきたの……?」
「王の座を奪おうとした反逆罪での死刑だ……それならば王家の血を濃く残そうとした処刑方法を王は選んだ……」
「……その王子を守る一派に話をもちかけられた?」
 ラーテは青白い顔で頷く。
「あぁ君の毒を無効化させ、口封じに殺す計画だ……俺も同罪だ……」
「貴方は馬鹿な男よ」
「……そうだな……」
「マーヤに恋い焦がれて……命を絶とうとしている……」
「……俺はあの言葉の意味を知りたかったんだ……それが恋焦がれていると言うのなら、そうかもしれないが……」
「ずっとマーヤを想ってた……?」
 赤いドレスを着たミルキィは、そのままベッドにいるラーテの元へ歩み寄る。
 ベッドに腰掛けて、ラーテの頬に手を添える。
「やめよう、こんな話は。無意味だ」
「無意味じゃないわ……!」
「……彼女への想いは、もう……想い出だ」
「……じゃあ私は?」
「ミルキィ」
「私は馬鹿な女でも、二人の時間は幸せだったでしょ? 私は幸せだった……もう、これ以上の幸福はいらないの……」
「ダメだミルキィ……君は必ず幸せにならなければいけない……」
「どうして……?」
「……わかるだろう……俺も……君と過ごして、幸せだった……」
「ラーテ……」
「無力の時間の後に、マーヤと激しく輝く時間は過ごした……それからまた闇の時間も過ごした……だけど……こんなにも心が安らげる時間は……初めてだったんだ……戸惑うほどに……君の心があまりに清くて……清純で……」
「ラーテ……」
「だからこそ、俺は決意した。君を拒絶しようと……君が苦しんだとしても……必ず、君を……此処から出すと!!」
 赤い瞳が燃えるような気迫だった。
 命を賭けた想いを感じる。
 ミルキィはラーテを抱きしめた。
「貴方のお嫁さんにして……ラーテ……私は、貴方だけのものになりたいの……」
「……だめだ……」
「貴方は今……マーヤの気持ちがわかってるはずよ」
「あぁ……そうだ。俺は今……いや君と出逢ってから……強く想ってる『死にたくない』と……」
「……彼女の気持ちがわかったの?」
「あぁ……愛する人を残して逝くのは、嫌だ」
「私は死にたい……愛する人が逝った後に生きていくのは嫌よ」
「……あぁ……俺はその気持ちも知っている……」
「ラーテ……お願い……私を綺麗だと言って……貴方の瞳の色と同じね、このドレス……」
「……あぁ、すごく似合っている……この世で一番美しいよ……」
 ラーテは優しく撫でるようにミルキィの頬を撫でる。
「嬉しいわ……」
「……すまない。何から何まで君に迷惑を……」
「いいの、許すわ……だって私は確かに、この30日で貴方を愛してしまったの……貴方が心の底から……大好きなの……」
「ミルキィ……」
「貴方は……? ラーテ……」
「あぁ……愛していたよミルキィ」
「ラーテ……」
「可愛らしい君を見て心が震えた……少年のような自分に戸惑った。君とはただの契約なんだと何度も思って……俺は本当に最低な男だ。マーヤのことも……想っていたのに」
「きっと、全部真実なのよ……誰かを愛して……別れて、また誰かを愛することは不義理じゃない……私だって、それなら求婚されたのに、貴方を愛してしまった」
「死にたくないと……思ったよミルキィ……」
 だけど、もう遅い……。
「……ラーテ……好き……」
「……俺と結婚してくれ、この世で一番馬鹿な男と……」
「嬉しいわ……嬉しい……この世で一番馬鹿でも……うふふ、とても愛している」
「本当に馬鹿野郎だな……愛してるミルキィ」
 皮肉に笑うラーテの瞳から涙が溢れる。
 そして彼は涙を拭うと、力強く微笑み……ミルキィを抱き寄せる。
 その力は弱々しくはなく、凛々しい男の熱っぽさが香る強さだった。
 出逢った時と同じ力強さ。
「ずっと、触れたかったよ……」
「私も……ずっと望んでいたわ……」
「毎晩、可愛くて狂いそうだった……」
「ラーテ」
「あぁ……俺と結婚してくれミルキィ」
「もちろんよ……嬉しい……とても幸せよ。私にとって生きるのも死ぬのも貴方次第なの」
「俺だけの姫……愛している」
「ラーテ……愛している……」
 最後の夜。
 二人だけの甘い甘い時間。
 溢れる涙と共に、二人はお互いを求めあった。
 ミルキィの血を啜り終えた瞬間に、ミルキィはラーテに口づけた。
 ラーテは吸った毒により、彼の血は猛毒になっている。
 沢山ラーテの体液を浴びて、彼との沢山のキスでミルキィもまた永遠の眠りについた。
 
 抱きあったままの二人は毒によって永遠に綺麗なまま保存され、今も何人たりとも近寄れない猛毒の塔として今も語り継がれられている。
 塔は古いゴーレムと骸骨の馬に守られているという。
 
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