30日後に死ぬ吸血鬼と30日後に花嫁になる毒姫
ラーテの提案
ラーテの前に置いたグラスにワインを注ぐ。
「どういう意味なんですか?」
「言葉のままだよ。これから毎日、君の血を吸う。そうすると君から毒が抜けて、俺は君の毒で死ぬ」
「そっ……そんな」
「いい話だろう?」
ザクスミルキは自分が動揺しているのが十分にわかる。
「でも……そうしたら私は毒姫じゃなくなってしまう」
「そうだな。なにか不都合でも?」
「国を支えることができなくなってしまうわ」
「軍事産業に加担しているのが、誇りかい?」
「ち、違うわ。貿易の商品になったり、魔獣の防壁に使ったり……良い事に使われているのよ!」
「……毒姫よ。あんたはそんな綺麗事を信じているのかい?」
ザクスミルキは答えられない。
「わかってるんだろう? この国が毒国と呼ばれて、魔人をも殺す毒を持っている。もしこの毒を他国の水脈に放り込めば……? 草木も生えない魔獣も寄らない。地獄が生まれる。あんたは世界にとっては最悪の、国にとっては最高の生物兵器。その毒兵器があるから、この国は平和だ。不可侵条約が結ばれている」
「……そんなの……」
誰も教えてはくれない。
貴女は国にとって最重要の存在だ――そう言われ七歳まで育てられ塔に連れてこられた。
それでも成長するにしたがって、もちろん自分の中で猜疑心も出てきたのは確かだ。
「それにしたって……こんな質素な暮らしをさせているとは意外だな。豪華絢爛に過ごさせてやればいいのに……惨めな」
木でできたダイニングテーブルや一般的な台所。
パッチワークで作った膝掛け。
瓶に飾られたドライフラワーなんかをラーテは見て言ったのだ。
「やめて!!」
我慢できなくてザクスミルキが叫ぶ。
「わっ……私の人生を……ば、馬鹿にしないで、ど、どんなに惨めだってどんなに質素だって……、わ、私は此処でずっと……楽しく暮らして……きたのに……」
此処での時間。
バイセイとバイダイと暮らしてきた時間。
一ヶ月に一度の配給。
楽しいんだ、幸せなんだ……そう思うように生きてきた。
ポロポロとザクスミルキの頬を涙が伝う。
「……すまない」
ザクスミルキは立ち上がって、台所の方へ歩く。
初めて誰かと話をしたのに、驚きと酷く心が痛むばかりだ――。
バイダイがまた騒いではいけないと、静かにザクスミルキはハンカチで涙を拭った。
「ザクスミルキ、悪かった」
気付けばラーテが後ろまで追いかけてきて、すまなそうに言った。
「いいえ……」
図星だったのだ。
ずっと誤魔化していた気持ちを、初めて会った男に言われて……心がバラバラになりそうだった。
「ザクスミルキ、だから俺が解放してやろう。君を普通の女の子にしてあげられる」
「……普通の……」
「そうだ。そうすれば、君はこんな場所から出て沢山の人に囲まれて暮らせる。好きな男と結婚し、子供を産んで家族で一緒に生きていけるんだぞ」
ラーテの言葉は、またザクスミルキの心に……切り裂かれた胸に沁みる毒液のように響いた。
「……私……来月に……結婚するの……」
「なに? ……子供を産ませるのか……いや、また失言を」
「ち、違うわ。私を愛してくれている人が、愛を貫くために……来てくれるって」
相手が王子だとは言えなかったが、ザクスミルキはそこは主張したかった。
惨めな女にだって、好いてくれる男がいるんだと。
さっきは戸惑いしかなかったのに、今はその王子の愛が自分の生きる意味にすら思えてきた。
「じゃあ、こんなにいい話はないじゃないか。無毒になってそいつと暮せばいい」
「でも、あなたは死んでしまうんですよね?」
「あぁ……不死と呼ばれる吸血鬼にとって、あんたは最高の救いの女神だよ」
「どうして……」
ふと、台所に突っ立って話をしている事に気が付いたザクスミルキ。
グラスを一つ持った。
「どうしてなのか話を聞きたいわ。それから……また考えたい」
「あぁワインを一緒に飲みながら語ろうか。二人きりでさ」
ラーテは食べ終えた食器を台所に片付けると、ワインと自分のグラスを持ってリビングのソファへと向かう。
まるでずっと此処に住んでいるような動作。
遠慮も何もない。
バイダイに此処は大丈夫だと告げるとリビングを出て行った。
「じゃあ、ゆっくりと友として話を聞いてもらおうか」
「友……」
まさか生まれて初めての友人が、こんな奇妙な吸血鬼だとは。
それでも少しだけ嬉しくなってしまったのを隠すようにため息をついてザクスミルキは座った。
「嬉しいのか?」
「!? ま、まさか!!」
「毒姫はすぐ顔に出るな」
「そ、そんな……は、早く、あなたはどうして死にたがっているの? 教えてちょうだい」
「……そうだな」
笑っていたラーテが、遠くを見つめるような顔をした。
そして彼は語りだす。
「どういう意味なんですか?」
「言葉のままだよ。これから毎日、君の血を吸う。そうすると君から毒が抜けて、俺は君の毒で死ぬ」
「そっ……そんな」
「いい話だろう?」
ザクスミルキは自分が動揺しているのが十分にわかる。
「でも……そうしたら私は毒姫じゃなくなってしまう」
「そうだな。なにか不都合でも?」
「国を支えることができなくなってしまうわ」
「軍事産業に加担しているのが、誇りかい?」
「ち、違うわ。貿易の商品になったり、魔獣の防壁に使ったり……良い事に使われているのよ!」
「……毒姫よ。あんたはそんな綺麗事を信じているのかい?」
ザクスミルキは答えられない。
「わかってるんだろう? この国が毒国と呼ばれて、魔人をも殺す毒を持っている。もしこの毒を他国の水脈に放り込めば……? 草木も生えない魔獣も寄らない。地獄が生まれる。あんたは世界にとっては最悪の、国にとっては最高の生物兵器。その毒兵器があるから、この国は平和だ。不可侵条約が結ばれている」
「……そんなの……」
誰も教えてはくれない。
貴女は国にとって最重要の存在だ――そう言われ七歳まで育てられ塔に連れてこられた。
それでも成長するにしたがって、もちろん自分の中で猜疑心も出てきたのは確かだ。
「それにしたって……こんな質素な暮らしをさせているとは意外だな。豪華絢爛に過ごさせてやればいいのに……惨めな」
木でできたダイニングテーブルや一般的な台所。
パッチワークで作った膝掛け。
瓶に飾られたドライフラワーなんかをラーテは見て言ったのだ。
「やめて!!」
我慢できなくてザクスミルキが叫ぶ。
「わっ……私の人生を……ば、馬鹿にしないで、ど、どんなに惨めだってどんなに質素だって……、わ、私は此処でずっと……楽しく暮らして……きたのに……」
此処での時間。
バイセイとバイダイと暮らしてきた時間。
一ヶ月に一度の配給。
楽しいんだ、幸せなんだ……そう思うように生きてきた。
ポロポロとザクスミルキの頬を涙が伝う。
「……すまない」
ザクスミルキは立ち上がって、台所の方へ歩く。
初めて誰かと話をしたのに、驚きと酷く心が痛むばかりだ――。
バイダイがまた騒いではいけないと、静かにザクスミルキはハンカチで涙を拭った。
「ザクスミルキ、悪かった」
気付けばラーテが後ろまで追いかけてきて、すまなそうに言った。
「いいえ……」
図星だったのだ。
ずっと誤魔化していた気持ちを、初めて会った男に言われて……心がバラバラになりそうだった。
「ザクスミルキ、だから俺が解放してやろう。君を普通の女の子にしてあげられる」
「……普通の……」
「そうだ。そうすれば、君はこんな場所から出て沢山の人に囲まれて暮らせる。好きな男と結婚し、子供を産んで家族で一緒に生きていけるんだぞ」
ラーテの言葉は、またザクスミルキの心に……切り裂かれた胸に沁みる毒液のように響いた。
「……私……来月に……結婚するの……」
「なに? ……子供を産ませるのか……いや、また失言を」
「ち、違うわ。私を愛してくれている人が、愛を貫くために……来てくれるって」
相手が王子だとは言えなかったが、ザクスミルキはそこは主張したかった。
惨めな女にだって、好いてくれる男がいるんだと。
さっきは戸惑いしかなかったのに、今はその王子の愛が自分の生きる意味にすら思えてきた。
「じゃあ、こんなにいい話はないじゃないか。無毒になってそいつと暮せばいい」
「でも、あなたは死んでしまうんですよね?」
「あぁ……不死と呼ばれる吸血鬼にとって、あんたは最高の救いの女神だよ」
「どうして……」
ふと、台所に突っ立って話をしている事に気が付いたザクスミルキ。
グラスを一つ持った。
「どうしてなのか話を聞きたいわ。それから……また考えたい」
「あぁワインを一緒に飲みながら語ろうか。二人きりでさ」
ラーテは食べ終えた食器を台所に片付けると、ワインと自分のグラスを持ってリビングのソファへと向かう。
まるでずっと此処に住んでいるような動作。
遠慮も何もない。
バイダイに此処は大丈夫だと告げるとリビングを出て行った。
「じゃあ、ゆっくりと友として話を聞いてもらおうか」
「友……」
まさか生まれて初めての友人が、こんな奇妙な吸血鬼だとは。
それでも少しだけ嬉しくなってしまったのを隠すようにため息をついてザクスミルキは座った。
「嬉しいのか?」
「!? ま、まさか!!」
「毒姫はすぐ顔に出るな」
「そ、そんな……は、早く、あなたはどうして死にたがっているの? 教えてちょうだい」
「……そうだな」
笑っていたラーテが、遠くを見つめるような顔をした。
そして彼は語りだす。