30日後に死ぬ吸血鬼と30日後に花嫁になる毒姫

死にたい理由

 ラーテの隣に座る。
 いつもザクスミルキが一人でゆったり座る用なので、長身の男と二人だと少し狭いくらいだ。
 ラーテは深い夜に燃える炎のような情熱的な焦がれるような香りがした。
「……死にたい理由を教えて」
 出会ったばかりでこんな質問をすることになるとは。
「吸血鬼って半不死で、何百年何千年と生きるんだ」
「聞いたことはあります」
「で、飽きた」
「え?」
「生きるのに飽きたんだよ」
「そ、そっそんな……」
「十分過ぎる理由だよ」
「でも、ご家族やお友達が悲しむんじゃ……」
「俺は流れ者でさ。人間界にいるってだけで……わかるだろ」
「……あ……あの……あの……」
「ふふ、優しいだな。あんたは」
「そんなことない……なんて言ったらいいか、わからなくてごめんなさい」
「誰だってそうだ。牧師や僧ならペラペラ軽口叩くかもしれないけど」
「……そんな……えっと……」
 グラスを握りしめるザクスミルキをラーテは眺めながらワインを飲む。
「くっっそ性格の悪い、悪役みたいな姫様だと思ってたよ。どうして、こんな場所にゴーレム二体と閉じ込められて、そんな優しく育つんだ……?」
「や、優しくなんか……」
「ひねくれてもいない」
 綺麗な男に間近でじっと見られて、ザクスミルキはドキリとした。
 王子に求婚されているのに、なんて不誠実! と慌てて目を逸らす。
「ザクスミルキ」
「……は、はい……」
「この交換条件、いいじゃないか? あんたが花嫁になるまでに、俺と暮らそう」
「えっ……此処で一緒に……?」
「そりゃそうだ。何度か血を吸われたら、納得するさ」
 どういう意味なのかザクスミルキにはわからない。
「あの……血を吸われたら、私は吸血鬼になったりするの?」
 当然の疑問だった。
「あぁ、それは大丈夫。俺が望まないし眷属にはならないよ」
「そう……」
 ホッとするザクスミルキ。
「愛する男のために頑張ろうぜ」
「……そうだけど……でもわからないの。ずっと会ってないし、どうして求婚されたのか……」
「運命なら、わかるさ」
「そうかしら」
「あぁ」
 初めて会ったのに、何故か旧友のような自然さで話をしている。
「さぁ、来いよ。ザクスミルキ」
「え……?」
「……優しくしてやるから……」
「あ……」
 ラーテの長い指がザクスミルキに伸ばされる。
「俺達は運命共同体なんだ……お前が花嫁になる前だって、俺との触れ合いを気にすることはない」
 狭いソファでラーテに見つめられ視線を逸らせない。
「あ……」
 抱きしめられる。
 先程より、強く香水が香る。
 初めての抱擁。王子以外の男からの抱擁。
 振りほどくことはできない。
 でも嫌悪感はない。
 心臓が激しく鳴って戸惑っているわけでもない。
「あっ……」
 身体が火照る。初めての感覚だった。誰にも見られてはいけない姿のような。恥ずかしい部分に熱が集まる。
「いや……っ……なにこれ……」
「……大丈夫だ……」
 ザクスミルキに、この状態を説明する語彙はない。
 彼女に与えられる書籍や写真など全て制限されて、性に対する知識は一切ない。
 抱き寄せられて、耳元で優しく囁く男の低い声。
 脳の奥がジィン……と痺れる。
「や……っ」
 熱い息が漏れて、ラーテのシャツの胸元を掴んでしまう。
「イクよ……? ザクスミルキ」
「えっ……? あっんんんっ……!」
 抱きしめられたまま、首元に牙を立てられる。
 ずぶ……っちゅ……っと、唇を動かしながらラーテはザクスミルキの首から血を啜った。
「ひゃ……あっ……ああ」
 震える身体。
 全身が敏感になって、背中に腰にまわされた手が少し動くだけでザクスミルキは声が出てしまう。
「ん……最高だよ……ザクスミルキ」
「あっ……いやぁ……なにこれ……」
 身体の全てが熱い。
 触れられてもいないのに、恥ずかしい部分が熱く、そして熟れた果実のように蜜をこぼしているのがわかった。
「ん……もう……少しだ……」
 ラーテの息も、荒く濃い。
 二人の体温は熱くなって、この数分なのに二人の香りが混ざり合っていくようだ。
「あっ……だめぇ」
 牙の感触がまた首から全身に走る。
「ん……まだ……ザクスミルキ……もう少し……ああ」
「ひゃ……んっ……」
 強く抱きしめられて、最後に一気に血を吸われた。
 その瞬間に感じたことのない快感が身体を襲う。
 クラクラして、怖くて、ザクスミルキはラーテにしがみついた。
 クッとラーテが牙を抜くと。ザクスミルキの身体は痙攣するように足がピーンとなって小さく叫んだ。
「いやぁ……っ」
「ふふ……もう終わったよ……」
「はっはぁ……あっはぁ……」
 口づけするほどに近く、ザクスミルキの頬を指で撫でながらラーテが微笑んでいる。
 でもその笑みは妖艶な……笑みだった。
「ふふ」
 ラーテは、それから嬉しそうに笑ってザクスミルキを抱えるようにしてソファにもたれた。
「……ちょ……ラーテさ……」
「うん……いいじゃないか……ぐ……っ」
 少し血を吐いた事をザクスミルキには見えないように上手に拭うラーテ。
「い……今のって一体……」
 戸惑うザクスミルキの背中を撫でる。
「あぁ……人間は吸血鬼に血を吸われるのって最高に気持ちいいらしいよ」
「や……やだっ」
 自分の全身を包んでいたのが、やはり快感だったのだとザクスミルキは恥ずかしさでいっぱいになる。
 離れようとしてもラーテは優しく胸元にザクスミルキを抱きしめたままだ。
「これから30日間よろしくな。ザクスミルキ」
「あ……あのあなたの身体は大丈夫ですか……?」
 こんな状況でも、自分の身を案じるザクスミルキにラーテは少し驚いた。
 また少し血を吐いたが、胸元にいるザクスミルキには見えないように手で拭う。
「なぁ……ザクスミルキ?」
「……はい……」
「ザクスミルキってさ、ちょっと毒々しいだろ。だからミルキィって呼ぶ」
「え……っ?」
「その方が可愛らしくて似合う。明日からもよろしくな。ミルキィ」
「ミ……ラーテさん」
「ラーテでいいよ。俺はこのソファで寝るかな」
 そう言って、ザクスミルキ……ミルキィのおでこにキスするラーテ。
 ボッと顔が赤くなって、離れるミルキィ。
 でもクラっとして、立ち上がれない。
「このまま、ここで寝るか」
「な、何を言っているの……」
 そうは言ってもクラクラするし、慣れないワインも飲んだし……ラーテに抱きしめられる体温が心地よい。
 それでもこの狭いソファではぎゅうぎゅうになってラーテは座ったまま、ミルキィはもたれたまま眠るしかない。
「よいしょっっと」
「きゃ!?」
 ラーテはミルキィを抱きしめながら、ゴロンと石畳の床へゆっくり落ちる。
 その時にソファカバーやキルトの膝掛けを上手にくるめて……。
「うん……これでいい……今日はつかれたな……」
「ラ……ラーテ……」
 ラーテは最後に口元を拭った。
 これでミルキィには血を見せずにすむ。
 絨毯の上だが、ふわふわのソファカバーで敷布団のようになっている。
 膝掛けはミルキィにかけて、抱きしめながらラーテは寝息を立て始めた。
 驚きの連続の夜。
「もう……」
 こんな姿をバイダイに見られたらバイダイは塔を破壊してしまうかも。
 そんな事を思いながら、温かい腕を振りほどくこともできず、先程の熱は静かに消えてミルキィも眠りについた。
 
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