30日後に死ぬ吸血鬼と30日後に花嫁になる毒姫

骸骨の馬

 ラーテは自分の馬を取りに行きたいと言う。
「馬なんか私に近づいたら死んでしまうわ」
「それは大丈夫だ。もう死んでるから」
「死んでる……って??」
「まぁ簡単に言えば、骸骨の馬だ。俺の術で操っている可愛いペットだよ」
「私は一緒には行けないわ。みんなに危害が及ぶもの」
 此処を出れば皆が死ぬ、そう言われ続けてきた。
「ミルキィ、君が思うよりも此処は危険区域に設定されていて1日歩いたくらいの場所には人なんか住んでいない」
「それは……なんとなくわかっていたわ」
「ならばいいじゃないか。少しの散歩くらい」
「でも植物や動物に危害が……」
「毒は量だ。君の周りの空気が風にのって飛散することで虫や動物の食害を逃れている果実なんかが生い茂ってる場所もあった」
「え……私の毒にそんな力が」
「あぁ、国の奴らがそんな使い方をするとは思えないけどな。だから行こう」
「えぇ……わかったわ」
 初めての外出をミルキィも決意した。
 そして1時間後に出発する事になった。
 この塔を登り降りしたり、塔の周りを歩いたりは運動のためにしていたが敷地外には一歩も出ていない。
 服も希望すれば送ってもらえるが、世間も知らないカタログもないミルキィにはわからないので、いつも大体が同じような飾り気のない黒か紺色のワンピースだ。
 でも今日はそんな地味さが、恨めしく思う。
「リボンのついたワンピースでもあればよかったわ」
 誰かと一緒に出かけることがこんなに胸躍るとは――。
「ラーテは不思議だわ」
 そう言いながら鼻歌まじりで鏡の前でマントと帽子をかぶる。
「ザクスミルキ、ドコヘイク」
「あぁバイダイ。少し出かけてくるわ」
「コノシロヲデテハイケナイ」
「……わかってるけど、少しだけ。ラーテの馬を連れてくるだけよ」
「キソクダ」
「バイダイ。私は必ず戻ってくるし、彼も……」
 自分を普通の女の子にする……それは国への反逆だ。
 いくらバイダイが家族のように過ごしてきたとしても、彼の通報システムが動いていなくても反逆行為として彼はもしかしたらラーテや自分に攻撃してくるかもしれない。
「……お願いバイダイ……」
「……カナラズ、モドッテクルンダナ……」
「……バイダイ……うん! ありがとう」
 土の人形。ゴーレム。
 人の心など宿らない泥人形。
 それでもミルキィには家族で……バイダイもそう思う心がきっとある。
「バイセイガサガス。ハヤクカエッテコイ」
「うん! バイセイにキスしてから行くわ」
 バイダイが気を遣ったのか、バイセイはまだ部屋のベッドに寝ていた。
 ゴーレムにベッドなど不要なのだが、ミルキィが用意した。
「アァ……カワイイザクスミルキ……」
「バイセイ……おはよう……どう? 今日の気分は……」
「アアイイヨ」
「窓を開けていくわね」
 バイセイにキスをして、窓を開ける。
 バイセイの部屋は塔の二階。
 バイダイが抱き上げて運んでいる。
 また眠ってしまったのか、ミルキィは安心して一階へと降りる。
「やぁミルキィ、素敵だ」
「も、もう」
 褒め言葉に素直になれず、意味もなく台所へ行ってしまう。
「す、水筒を持っていく?」
「そうだな。パンも持っていくか」
 本当に二人は出逢って朝を迎えたばかりの二人なの? というようにトントン拍子に準備ができた。
「それではいってきます」
「アア」
 ミルキィとバイダイのやり取りにはラーテは口を挟まなかった。
 そしてイバラの道。
 塔の上に登れば心地よい風や青空も見えるのだが、塔の周りは真っ白なイバラが生い茂り白い霧が目の前を閉ざす。
 『毒姫の道はイバラ道、迷い道への地獄道、迷い込んだら(はりつけ)で、骸骨になり会いに行く。
 会いに行っても毒姫の、毒でバラバラ、地獄道』
 なんて歌が国にはあるほどだ。
 支給にくる者達へは国家機密で迷路を進む地図が渡されている。
「俺は通って覚えたから大丈夫だ」
「まぁ、そんなことできるの?」
「人間じゃないからな。少し歩くが大丈夫か?」
「えぇもちろんよ! 筋トレは好きなの!」
「ふふ、面白いお姫様だ」
 イバラ道へ進もうとするミルキィにラーテが手を差し出す。
「え……」
「道はボコボコで根が出ているところも多い。繋いでおけ」
「うん……」
 黒いレースの手袋もしていたが、それでも感じる手の感触。
 しばらくイバラの木に囲まれ不気味な森を歩いた。
 毒が心配だったが、ラーテは大丈夫だと笑う。
 死の森を、また二人は歩く。
「まぁ……」
 ずっとずっと死の森が続くと思っていたが、そうではなかった。
 初めて見る広い風景。
 草原にある湖のほとりに骸骨の馬がラーテを待っていた。
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