馨子ーkaorukoー
アパートを後にして大通りに出てタクシーでも呼ぼうとスマホを取り出したとき。
パッパァッと控えめなクラクションが鳴り、反射的に鳴った方へ顔を向けると見知った車に、正装した壮年の男がこちらを向いて立っていた。
その男は馨子に向かい仰々しく首を垂れると、
「馨子さま。今夜、ご主人様がご帰宅なされます」
「まぁっ!」
男のそれとは裏腹に馨子の表情はパッと輝く。
「ハイアットベイ東和の最上階のレストランで待ち合わせして一緒にディナーでもどうかとの伝言をお預かり致しましたのでお伝えに参りました」
「もちろん、ご一緒させていただくわ!そう伝えて頂戴っ。こうしてはいられないわ、水上(みかみ)、今すぐにいつものエステサロンとブティックと、ヘアサロンを予約して時間に間に合うようにしてっ」
「手配済みでございます。さ、馨子さま」
この小さな町には全く不釣り合いな高級車に乗り込むと、一路都心を目指して発車した。