馨子ーkaorukoー
ハイアットベイ東和。都心のなかでもその中枢部にそびえ立ち、世界各国の要人御用達の国内の最高級ホテルだ。
陽が傾き、夜のヴェールが空に降りてきた頃、そのホテルに恥じない人間として最上階にあるフレンチレストランに馨子は足を踏み入れた。
昼間の汗だくで男の体を貪っていた姿とはまるで別人。
上品なレースのクールな黒のドレスを身にまとい、長くサラリとして黒髪はあえてアップにはせずにおろしたままにし、メイクは食べてしまいたくなるくらいのふっくらとした唇にのせた赤色が彼女を印象づけた。
露出は控えめなのにも関わらず、彼女のスタイルの良さはそんなドレスの上からでも艶めかしい程にありありとしていて、周囲にいる男達はそんな彼女を前にして生唾を飲み込まずにはいられなかった。
「お客様、」
おずおずとウエイターが馨子に声をかけると彼女は、
「あ、わたくし、西園寺(さいおんじ)と待ち合わせをしている馨子と申します」
と名乗った。少し不安げにキョロキョロしているところを察するに彼の姿が見つけられないらしい。
外見は妖艶さが漂う美女なのに、不安がる素振りはまるで少女のような可愛さがあった。