何度生まれ変わっても ─心臓病の幼馴染と過ごした日々─
「…郁に…ひなたを…抱かせてやってください…」

涙と汗で濡れた碧は、かすれた声でこころにそう告げた。


長い蘇生処置により、いつのまにか血が滲み出してしまっていた郁の口や鼻を優しく拭き、そっと目を閉じさせ、郁にひなたを抱かせた。

まだ息があるうちに抱かせてあげたい、という思いから、人工呼吸を行うために瞬は手でアンビューバッグを押した。

ひなたは、まだ温もりの残る郁の胸の上で静かにゆっくりと上下しながら、うつぶせになり、心地良さそうに寝ている。
目を閉じながらも、口をチュパチュパさせて顔を動かし、母親の乳首を探している。

母として、子に初乳をあげられない郁の無念を想い、こころが声を殺して泣いた。


碧は、郁の髪を撫で、そっと2人を抱いた。
碧の涙はとめどなく流れ、郁の頬に落ちる。

「郁…ひなただぞ…よく…頑張ったな…」

郁と碧とひなたは、親子3人の最期の静かな時間を過ごした。


10分が経ち、碧が瞬とこころに礼を言い、挿管したチューブを外した。

碧は郁の瞳孔を確認し、腕時計を見る。

「…死亡時刻、午前2時23分…」


碧は、郁に最期のキスをする。
聖母のように穏やかな顔の郁。



その後、碧の絶叫が、病室に響いた。
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