ドSな御曹司は今夜も新妻だけを愛したい~子づくりは溺愛のあとで~
 クラゲの水槽から少し離れた壁際に移動し、控えめな声で話し出す。

「お祖父ちゃん、こんばんは」
《おう。依都、今大丈夫か?》
「うん。どうしたの?」

 きっとたいした用事ではないだろうと思っていたものの、なんとなく祖父の様子がおかしい。どうしたのかと、耳に神経を集中させる。

《それが、眞由(まゆ)に……お前の母さんに、乳がんが見つかったらしいんだ》

 重い口調で告げられた事実には、少なからず動揺して言葉が出なくなった。

 不思議だ。母がどうなったって構わないと思っていたのに、病気だと知るとほんの少しだけ胸の奥が疼く。

《ステージⅢaまで進行している。治る可能性もあるが、五年生存率は七十パーセントくらいだそうだ》
「……だから会ってほしいって言うの?」

 抑揚のない声で、きっと今日の用件はそれなのだと確信して問いかけた。祖父はずっと前から、私たちに和解してほしそうだったから。

 電話の向こうで、彼はふっと苦笑を漏らす。

《なんたって娘だからなぁ。少しでも心穏やかに生きてほしいんだ。病気かもしれないって聞いてから、ますますそう思うんだよ。あの子の一番の心残りは間違いなく依都のことだから、なんとかならねぇもんかって》

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