アンハッピー・ウエディング〜後編〜
「…って、何?どういうこと?」

「小さい時から、具合が悪い時はずっと一人ぼっちだったから…」

「…え」

「万が一、お姉様に風邪が感染ったらいけないからって…離れの部屋に連れて行かれて、そこに閉じ込められて…」

…何それ。隔離病棟?

「食べ物とか薬とかは持ってきてもらったけど、枕元に置いてあるだけで…。…冷めたお粥とか、ぬるくなったお水を一人で食べたり飲んだりしてたの、覚えてる…」

「…」

…なんという、胸糞悪い話だ。

風邪引いたときくらい、甘えさせてやってくれよ。

完全に病原菌扱いじゃん。

それでいて、立場が逆だったら…体調を崩したのが椿姫お嬢様だったら、それはもうご丁寧にご丁寧に、一家総出で世話をするんだろう?

こんな酷い話があるかよ。

「誰か傍に居て、ぎゅって手を握ってくれたら、その方がお薬を飲むよりずっと元気になれるのになって…。いつも思ってたな」

「…」

「それなのに、今は違うんだね。今は悠理君がいる。何だか嬉しいなぁ」

えへへ、と照れ臭そうに微笑む寿々花さん。

…そうか、成程。

いくら、今俺が世話を焼いたって、優しくしたって。

小さい頃、一人ぼっちで隔離部屋の天井をぼーっと見上げていた寿々花さんの孤独が、少しでも埋まる訳じゃないだろうが。

せめて今は、そんな思いはさせないよ。

「大丈夫だよ、今は…。…ちゃんと傍に居るから」

「うん、分かってる…ありがとう」

あんたがどっか行けって、邪魔だから自分の部屋に帰れと言わない限り。

俺は何処にも行かない。鬱陶しいくらい、ちゃんと傍に居るよ。

…それで良いだろう?

「さぁ、温めてきたから、これ食べろよ。食べて薬を…」

「うーん…。悠理君があーんしてくれたら、食べられる気がするなー」

「…」

嘘だろ。

俺にもやれってか?あの小っ恥ずかしいやり取りを。もう一回。

「悠理君が、あーんしてくれたら食べる」

「…」
 
…なぁ。これ、もういっそ脅迫じゃね?

この話の流れでさ。「誰にも看病してもらえなくて寂しかったんだ」っていう話の流れでさ。

断れないじゃん。嫌だなんて言えないじゃん。

そりゃ、傍に居るとは言ったけども。

そんな小っ恥ずかしいことをするとは、一言も…。

「…駄目?」

わざとなのか無意識なのか、多分無意識だと思うけど。

縋るような甘えるような、そんな上目遣いで頼まれたら。

…断れないじゃん。なぁ?

脅迫だよ、これ。もう…。

「…分かったよ。今日限りだからな?」

「やったー」

俺もやってもらったから、その分のお返しだと思おう。

人生で初めてだよ。人にあーんして食べさせるなんて。

あまりにも小っ恥ずかしいから、正直もうやりたくない。

それでも、こうすれば食べてくれるんだから、それで良しとしよう。

恥ずかしくて背中がむず痒かった俺とは対象的に、寿々花さんはめちゃくちゃ満足そうだった。
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