アンハッピー・ウエディング〜後編〜
…良いけどさ、別に。

風邪もすっかり治って元気になって。

我慢してた分、思いっきり遊びたいんだと思うよ。

それはまぁ良いんだけども。

「遊ぼー、悠理君」

「…良いけど、何して遊ぶんだ?」

「今日はねー、これ」

寿々花さんは、さっ、と一冊の本を取り出した。

学年一、いや、学校一の秀才である寿々花お嬢さんが読む本なのだから、それはそれは著名な作家が書いた小難しそうな本…。

…なのかと思いきや。

『お友だちいっしょに〜早口ことばのほん〜』だってさ。

…可愛い本読んでんなぁ…。

学校一の秀才が読む本かよ、それが。

「本屋さんで見つけたんだー。面白そうだったから、買っちゃった」

「…そうか…」

まぁ、何だ。

…寿々花さんが楽しそうで、何より。

「早口言葉しよ、悠理君」

「…」

早口言葉だってさ。高校生にもなって。

そんなもん付き合ってられるか、と一喝したいところだが。

しかし、冷静になってよく考えてみろ。

ここで断ったら、今度は。

「じゃあこの間の続きで、お医者さんごっこにしよっかー」とか言われかねない。

俺も、寿々花さんの遊びに付き合わされるようになって、そこそこ経つからな。

寿々花さんの思考回路が読めてきた。

…でも、一応聞くだけ聞いてみる。

「…ちなみに、早口言葉を断ったら…何して遊ぶんだ?」

「え?そうだなー…。じゃあ、お医者さんごっこしよう。この間の続きー」

ほらな。俺の言った通りだったろう?

つまり、諦めて早口言葉に付き合えってことだな。

「悠理君、どっちが良い?お医者さんごっこの方が好き?」

んな訳ないだろ。

この歳でお医者さんごっこって、何だか別の…卑猥な意味に聞こえてこないか?

違うから。マジでただのお医者さんごっこだから。

「今日はどうされたんですかー?」「実は昨日から頭痛が酷くて…」「なるほどー。じゃあ湿布出しておきますねー」とかいうやり取りを、何度も繰り返していた。

頭痛だって言ってんのに、何で湿布なんだよ。

ともかく。

お医者さんごっこは、もうこの間だけでたくさんだ。

「別に好きじゃねぇから。早口言葉で良いよ」

「うん、分かったー。じゃあ始めよう」

はいはい。

一体何に付き合わされてんだろうな、俺…。

いや、考えるな。考えたら負けだ。

「よいしょ、っと」

寿々花さんは俺の横に、ぴったりとくっつくようにして座った。

…。

「…近くね?」

「ふぇ?何が?」

「…いや…」

別に良いけど。

そういうこと、寿々花さん相手にいちいち気にしてたら負けだから。
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