アンハッピー・ウエディング〜後編〜
俺は、冷蔵庫や戸棚の中に入っていた食材を、片っ端から取り出して床に置き。

ついでに、財布から硬貨とお札を何枚か取り出して、これも床に置いた。

そして寿々花さんと向かい合って、カーペットの上に座った。

「はい、寿々花さん。じゃあ、ツナ缶とスライスチーズはどれだ?」

「うーんと…。これと…これ?」

しばらく迷って、ツナ缶とスライスチーズを手に取る寿々花さん。

「そうだ。それが大体…300円と200円で、合わせていくらになる?」

「んー…。600円!」

「…500円な」

「あれー?」

算数だぞ、寿々花さん。算数。

やっぱり、思った通り。

このお嬢さん、数学の問題はスラスラ解けるのに、金の計算は出来ない。

そういや、春先に一緒に買い物に行ったときからそうだった。

この人、普段クレジットカードで買い物するもんだから。

現金の計算の仕方が、全然分かってないんだよ。

…おまけに。

「じゃあ次。ほうれん草と鮭…サーモンはどれだ?」

「んーと…。これ?」

「…それは小松菜」

「こっちがサーモン?」

「それはサバだよ」

「あれー」

ほうれん草と小松菜の区別がつかないのは、まぁ仕方ない。許容範囲だ。

両方緑色で、葉物野菜だもんな。

レタスとキャベツの区別も同様。

でも、サーモンとサバの区別くらいはつけてくれよ。

色が違うだろ、全然。

「見分けるの大変だね。難しいんだね」

と、寿々花さん。

「悠理君は、たくさんの売り物の中から食材を見分けてお買い物してるんだね。凄い、偉いなぁ」

…褒めてくれるのは嬉しいが。

主婦なら誰でも、普通にやってることだからな。

「それに、こんなちっちゃいコインみたいなお金を一枚ずつ数えて、計算するなんて」

寿々花さんは100円玉を摘んで、そう言った。

…小学生でも数えられるけどな。100円くらい。

やっぱり、これは徹底的に訓練するべきだな。

学校の勉強より、ずっと寿々花さんに必要なことだ。

「でも、これが宿題だから。私、頑張るね」

「あぁ。頑張れ」

俺が考えた、寿々花さんの「夏休みの宿題」。

それは、クレジットカードを使わずに、現金を持って近所のスーパーにお使いに行く、というものだった。

所謂、初めてのお使いって奴だな。

小学生みたいだって?

俺もそう思うけど、今の寿々花さんには何より必要なことだと思うよ。

いくら、欲しいものは召使いが買ってきてくれるからって。

買い物くらい、自分で出来た方が良いに決まってるだろ?

最近はどの店も、クレジットカードや電子決済に対応しているレジが主流になってきている。

でも、春に行ったケーキ屋みたいに、個人経営の小さな店では、未だに現金しか取り扱ってないところもあるし…。

アナログ人間かもしれないけどさ、やっぱり現金の方が便利なときって、あると思うんだよ。

そんなときの為に、お金の計算の仕方は知っておいた方が良いと思う。

そういう訳で、寿々花さんにお使いを仕込んでいる訳だ。
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