アンハッピー・ウエディング〜後編〜
しばらく、辛さのあまりのた打ち回っていた雛堂だが。

「ごくっ、ごくっ…。はー、死ぬかと思った…」

甘々のオレンジュースを必死に飲んで、口の中をリセットしていた。

見た目のインパクトに惹かれて、不用意にデスソース入りのパンなんて買うからだよ。

アホじゃないのか。

「…雛堂、あんたなぁ…」

「だって!だって美味しそうじゃん!チョコに、あんこに、かぼちゃペーストだぞ?めっちゃ美味しそうじゃん!そこにデスソースが一緒に入ってても、まぁいっかって思うだろ!?」

思わねーよ、馬鹿。

だからあんたはアホなんだよ。よく考えて物を買え。

「…で、どうすんだよ?それ…」

「ぐぬぬ…。捨てるのは勿体無いし…かくなる上は…。…はい」

あろうことか、雛堂は巨大ハロウィンパンから、デスソースが入った部分だけを千切り。

俺と乙無に差し出してきた。

…俺達に押し付けようとするんじゃーよ。

「悠理兄さん、実は辛いもの大丈夫だったりしない?」

「あながち苦手ってほどじゃないけど…限度ってものがあるだろ…」

ましてや、さっき雛堂が盛大に噎せるところを見せられたら、余計に。

「試しに、試しにちょっと齧ってみてくれよ。ほらほら」

「やめろって。新手のハラスメントだろ」

「一口で良いから。ほら、あーん」

男相手に何をやってるんだ、あんたは。

食べるなら自分で食べるっての。

デスソースなんて食べたことすら、見たこともないけど。

雛堂がしきりに勧めてくるし、食べ物を粗末にするのは勿体無いし。

試しに、一口、ほんのちょびっとだけ舌の上に乗せてみたところ。

「うぇっ…。ぐはっ、げほっ、げほっ」

「あ、やっぱ悠理兄さんも無理だったかー」

無理だったかー。じゃないんだよ。

舌が。舌が炎に包まれる。

辛いを通り越して、口の中が痛い。激痛。

ほんのちょっと食べただけなのに、一瞬にして冷や汗がどっと溢れ出た。

うぉぇっ…。

必死に水筒のお茶をがぶ飲みして、辛さを紛らわせた。

やべ。涙が。

え?大袈裟?

ちょっと来てみろよ。そいつの口の中にデスソース捩じ込んでやる。

「雛堂…よくもやりやがったな…」

「ま、まぁまぁ。大丈夫だって、ほんのちょびっとなんだし」

何だと?

あんたのせいで、俺がこんな目に遭ってるんだぞ。分かってんのか?

一生恨むからな。食べ物の恨みは恐ろしいんだってことを教えてやる。

今度あんたがうちに来て、晩飯をご馳走することになったら。

その時は、しこたまタバスコを仕込んでやる。覚えてろよ。

…すると。

「やれやれ。全く情けない人達ですね」

と、溜め息をつく乙無。

「何だと?甘党の乙無に、デスソースなんか食べられるのか?」

「僕は邪神イングレア様より人智を超えた力を賜った、敬虔なる邪神の眷属ですよ。この程度、罪の器を満たすことに比べれば、何とも…」

「へぇ。じゃあ食べてみろよ」

「むぐっ」

俺を大袈裟だと笑う奴がいたら、口の中に捩じ込むって、さっき宣言したからな。

有言実行。

俺は、デスソース入りハロウィンパンの残りを、乙無の口に捩じ込んでやった。
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