アンハッピー・ウエディング〜後編〜
「もう行くのか?」

「うん。学校にバスが来てるから、そのバスで空港まで行って…」

「そうか」

一週間のイタリア旅行が、とうとう始まるんだな。

何だか、俺の方がまだ実感ないよ。

このまま家から送り出したら、いつも通り夕方には帰ってきてそうな気がする…。

…って、何を言ってんだか。

「玄関まで見送ってくれる?」

「良いよ」

勿論。

むしろ、玄関までで良いのか?

俺も今日は普通に授業があるから、さすがに空港まで見送りには行けないが。

せめて、学校に着くまでは一緒に…行っても良かったんだが。

俺と寿々花さんが並んで歩いているところを、クラスメイトに見られてしまったら。

言い訳するのは面倒だから、やっぱり玄関で見送るしかないのか…。

「…えっと…。気をつけて行けよ」

「うん」

いよいよ見送りの場面になって、何て行ったら良いのか、言葉が思いつかない。

何かないだろうか。もっと気の利いたこと…。

「変なもの食べるな…は、前にも言ったか…。えっと、引率の先生の言うことをよく聞いて…。迷惑かけないようにするんだぞ」

「うん」

いや、ちょっと待てよ。他にもっとあるだろ。

一週間会えないのに、もっと言うべきことが…。

「えっと…」

色んな言葉が、浮かんでは消えていったが。

結局、俺が言ったことは。

「げ…元気でな」

という、超つまんない言葉だった。

アホ過ぎる。もっと気の利いたことが言えないのか、俺は。

しかし、寿々花さんは気を悪くした様子はなく。

「うん。悠理君も元気でね」

と言った。

…えーっと…。

「それじゃ、行くね」

「あ、うん…。行ってらっしゃい…」

「行ってきまーす」

寿々花さんはそう答えて、スーツケースをゴロゴロと押しながら、手を振って玄関を出ていった。

…行っちゃった。

…なんつーか、こういう言い方は大袈裟かもしれないけど。

子供の巣立ちを見守る、親鳥になった気分。

…って、俺は何をアホなことを考えてるんだか。

何だか、心にポッカリと穴が空いたような…言葉に出来ない寂寥感と虚無感に襲われた気がした。
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