アンハッピー・ウエディング〜後編〜
『パスタもいっぱい種類があって、面白いんだよー』

うきうきと、子供が遠足の報告を語るかのように教えてくれた。

何だろう。この声を聞いていると、うどんの出汁より、熱いお茶より、何よりほっこりする。

『星型のパスタとかね、平べったいパスタとか、にょきっ、みたいな名前の面白いパスタもあるんだよ』

ふーん。日本じゃなかなかお目にかかれそうにないが。

どんな風に調理して食べるんだろうな。

…星型とか平べったいパスタは分からないけど、三つ目に言ったのはニョッキのことだろうか。

『昨日はね、面白い建物を見に行ったんだー。かくん、って傾いてる塔』

あ、それは知ってる。見たことは勿論ないけど。

『ピザの斜塔って言うんだよ』

「…ピサの斜塔、な」

勝手に美味しそうな塔にしないでくれ。

あれってマジで傾いてんの?そのまま倒れたりしないのか心配になるよな。

『ゴンドラに乗ったり、おっきい教会を見たり…今日の午前中は、美術館を見てきたんだよ』

「へぇ…」

イタリア、思う存分満喫してんな。

俺が死にそうになりながら走ってる時に、寿々花さん達は美術館見学をしてたのか。

優雅だなぁ…。

『あとね、一昨日にね、口に手を入れたらガブッて噛まれる顔を見に行ったんだー』

あー、それ聞いたことある。何て言うんだっけ?

真実の口?

『今日はこれから、有名な劇場でオペラ観に行くんだって』

またオペラか。円城寺が好きそう。

『寝ちゃわないか心配だなー』

「…折角の本場イタリアのオペラなんだから、寝ずに観てこいよ…」

円城寺の優雅なご趣味(笑)とは訳が違うんだぞ。

世界的に有名なオペラ劇場で、ぐっすり寝息を立てているなんて前代未聞だ。

『それより…悠理君はどうしてるの?』

…え、俺?

突然自分のことを聞かれて、返答に困ってしまった。

俺は…別に…。

『一人ぼっちで寂しくない?』

「べ…別に寂しくなんて…」

『そう?…私は悠理君に会えなくて、寂しいけどなー』

「…」

…あんた、割と普通にそういうこと言うよな…。

俺が素直じゃないみたいな雰囲気になってる。

いや、寂しいって言うか、別に…。寂しい訳じゃなくて。

寿々花さんは今どうしてる頃かな、と気になるだけだよ。

『悠理君の方こそ、元気?』

「…」

実は今日、あんたんとこのクールビューティー体育教師に無茶振りされて。

旧校舎の男子生徒全員、ほぼハーフマラソン走らされ。

地獄のように疲れて、ついさっきまでソファで寝落ちするところだったよ。…なんて。

言う訳にはいかないからな。…さすがに。

余計な心配、させる訳にはいかないし。

それに何より…疲れてたけど、寿々花さんの声を聞くと、ちょっと元気が出た。

…従って。

「元気だよ。俺も」

『そっか。良かったー』

「こっちのことは気にしないで、旅行、楽しんでこいよ」

『うん、ありがとー』

これで寿々花さんは、残りの旅行を楽しめることだろう。
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