アンハッピー・ウエディング〜後編〜
戦々恐々としながら、俺達は新校舎の調理室に向かった。

広々とした、最新設備を備えた新校舎の調理室を目にした途端。

一瞬、俺の警戒心は吹き飛んだ。

「すげ…!広っ…」

さすが、家庭科の授業に命を懸けてる(と、言っても過言ではない)新校舎の調理室。

この教室だけ、調理学校の調理室なんじゃないかなって思うくらい。

広いし、作業台もシンクも大きい。

コンロだって、1テーブルに4つもついてる。

これなら、同時並行していくつもの料理を作れそうだ。

電子レンジもずらりと並んでいて、しかも、当然オーブン機能付き、最新タッチパネル式の電子レンジだ。

これ一台だけで、一体おいくらなんだ?

教室の壁に添うように並べられた、巨大な食器棚には。

大中小、様々な食器がぎっしりと入っている。

ステンレス製やシリコン製のケーキ型やマフィン型、ドーナツ形、スクエア型などの型もたくさん揃っているし。

食器棚の反対側の壁には、これまた巨大な、業務用冷蔵庫が鎮座している。

凄いな、この冷蔵庫。

一家に一台これがあったら、一週間分の食材を買ってきても、余裕で収納出来そうだな。

たまにあるだろ?ちょっと羽目を外して買い物しちゃったのは良いけど、帰って「冷蔵庫に入れる場所がない!」って頭を抱えること。

俺はある。今まで何回かある。

まぁ、それは俺が買い物下手だからってだけなんだろうけど。

この巨大な冷蔵庫があれば、そんな悩みとは無縁だな。

あっ、でも、あまりに大き過ぎるのも考え物か。

スペースの問題と言うか、あまりにも冷蔵庫が大き過ぎると、前に買ったものが奥の方に入り込んじゃって。

古いのがまだ冷蔵庫に入ってるのに、忘れて新しいものを買って被らせてしまいそうな気がする。

たまにあるだろ?もう切らしていたはずだと思って、新しいものを買ってきたけど。

帰って冷蔵庫に入れようとしたら、「あれっ、これまだあったんだ!」って気づくこと。

ちょっと損したような気分になるよな。

俺はある。これも何回かある。むしろ、割とよくある。

卵がないと思って買ってきたら、冷蔵庫の影に一パックまるまる隠れていた、みたいな。

さっき買ってきたものと合わせて、計二パックの卵に囲まれて途方に暮れた記憶がある。

仕方ないから、それから三日くらい卵祭りだった。

卵サラダ、オムライス、目玉焼きに卵焼き、ゆで卵たっぷりおでん、など。

卵の食べ過ぎは良くないぞ。

にしても凄いなぁ、この冷蔵庫。

と言うか、この調理室。

こんなところで調理が出来たら、そりゃもう捗りそう。

中学の時の調理室に比べたら、5倍くらい広いんじゃね?

5倍は言い過ぎか?でも、備えてある設備のことを考えたら、実質5倍以上…。

「…悠理兄さんの顔が、ここ最近で一番輝いてんな」

「おおかた、最新設備の調理室に感動してるんでしょう。そっとしておいてあげましょうか」

「そうだな」

…はっ!

雛堂と乙無が話しているのが聞こえて、俺は我に返った。

しまった。つい。

お上りさんみたいになってた。恥ずかしい。

「べ、別に何でもないっての」

「いやいや、良いんだぜ悠理兄さん。自分らが新校舎の調理室を借りられる機会なんて、滅多にないんだから」

「そうそう。今のうちに満喫しておいた方が良いですよ」

別に…別に羨ましくなんかないっての。

調理室に興奮するとか、何なんだよ俺は。
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