アンハッピー・ウエディング〜後編〜
もう何もかもめちゃくちゃだよ。

このままだと、カレーとは程遠いものが出来上がってしまう。

だが、この際そこは目を瞑ろう。

目を瞑ってもカレーの味が変わる訳じゃないが、目を瞑ろう。

お使いは、まだ終わっていないのだ。

肝心の…レジでお金を払うという作業が待っている。

これをクリアしないことには、俺は安心して家に帰れない。

寿々花さんは買い物カートを押して、レジの列に並んだ。

よしよし。かろうじて、お金を払うことは忘れなかったな。

ちゃんとお金払って買って帰ってくるなら、もうそれで良し。

ここが肝心だぞ。お金の計算、何度も練習したからな。

内心超絶ハラハラしながら、身を乗り出して商品棚の影から寿々花さんの様子を見つめていた、そのとき。

「…悠理さん、何やってるんですか?」

「えっ?」 

突然誰に名前を呼ばれて、びっくりして振り向くと。

相変わらず、真夏なのに長袖シャツ姿の乙無と、偶然に遭遇。

乙無は、商品棚の影から顔を出している俺を、ドン引きの表情で見つめていた。

俺が乙無にドン引きしたことは数え切れないほどあるが、乙無が俺にドン引きしたのは初めてかもしれない。

あの乙無にこんな目で見られるなんて、一生の恥。

「まさか…ストーカー…?」

ちょ、違うんだって。

完全にストーカームーブをしているのは、言い逃れのしようもないから認めるけど。

でも、ストーカーじゃないんだ。

我が子の初めてのお使いを見守る、母親のような気持ちでだな?

って、それはそれで気持ち悪いか。

「違う。乙無、誤解だ。落ち着いて話を聞いてくれ」

「大丈夫ですよ。趣味は人それぞれですから。…ただ、犯罪はさすがにやめた方が良いと思いますけど」

「だからっ…!それは誤解なんだって…!」

「大也さんには黙っておきますから。安心してください」

何も安心出来ねーわ。

なんて、話してる間に。

「お買い上げありがとうございまーす」

という、朗らかな店員さんの声が聞こえてきた。

ちょ、寿々花さんの会計始まってんじゃん。

乙無に構っている暇はない。

合計金額を告げられ、いよいよお金を払うタイミング。

しかし、ここで誤算が起きた。

「お支払いは、向こうの6番レジでお願いします」

「…ほぇ?」

しまった、と思った。

このスーパーのレジ…そういや、所謂セミセルフレジなんだった。
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