アンハッピー・ウエディング〜後編〜
何だか嫌な予感がするから、あまり開けたくないんだけど。

期待の眼差しでこちらを見る寿々花さんを前に、「やっぱり開けません」とは言えず。

恐る恐る、俺は箱を開けて中を取り出した。

瓶が入ってるぞ。黒っぽい瓶。

「…何これ?」

「えっとねー、イタリアでは定番のお土産なんだって。えぇっと、ばるみさこす?」

何だよ、それ。

その独特な語感…それに、イタリアの調味料…。

「…バルサミコ酢のことか?」

「あ、そう。それそれー」

それそれー、じゃないんだよ。

バルサミコ酢だって。これが?

聞いたことはあるよ、俺だって。日本にも売ってるよな。

ただし、買ったことはない。

俺が買うお酢と言えば、米酢とすし酢と、ちょっと背伸びして黒酢くらい。

バルサミコ酢なんてお洒落なお酢、料理番組でしか見たことがない。

どうやって使うのかもよく分からないのだが…普通に酢の物に…とかは無理なのか?やっぱり。

しかも、恐ろしいことに、このバルサミコ酢。

「色んな味があったから、いくつか買ってきたんだー」

「ちょ、あんた、何本買ってきてんだよ…!?」

出るわ出るわ、スーツケースの中からバルサミコ酢の箱が3本も。

ノーマル、トリュフ風味、オリーブ風味。の3本。

しかも、どれも特大の大きさ。

ノーマルでさえ持て余しそうなのに、トリュフ風味って。俺はどうすれば良いんだよ。

しばらく毎日、お酢を使った料理が続きそうだ。

血液サラッサラだな。畜生。

「俺、そんな…お酢が好きだって言ったことあったっけ…?」

「ふぇ?でも、お料理が得意な方におすすめです〜って、店員さんが」

「そ、そうか…。…ありがとう…」

喜べよ。本場イタリアのバルサミコ酢なんて、日本にいたら滅多に手に入らないぞ?

不味いものではないだろうし、ちょっとずつ料理に使えば良い。

むしろ、この新しい調味料のお陰で、料理のレパートリーが広がるかもしれないぞ。

そう、前向きに考えよう。前向きに、

「あ、そうだ。これもイタリアの食材なんだって。はい」

と言って、寿々花さんが差し出してきた瓶詰めに、俺は見覚えがあった。

こ、これは…!

「か、カルチョーフィ…!」

「あれ?悠理君、知ってるんだね。さすがだー」

いや、その。

こいつとはその、因縁があるって言うか。

…まぁ良いや。俺が博識だってことにしておこう。

「そうか、こいつを買ってきてしまったか…」

「パスタソースとどっちにしようかなと思ったんだけど、電話で聞こうと思ったんだけど、聞き忘れちゃったから。やっぱりこっちにしたんだー」

「いや、うん。良いよ…」

俺、あの時必死にパスタソース!って叫んだんだけどな。

おのれ。ポンコツ電話機のせいでこんなことに…。

幸い、俺はこの食材の味を知ってるからな。

どうとでも調理してやるよ。…畜生。

また会ったな。ここで会ったが百年目、って奴だ。
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