アンハッピー・ウエディング〜後編〜
寿々花さんに風呂掃除を頼むと。

寿々花さんは、そりゃもう嬉々として引き受けてくれた。

仮にも無月院家のお嬢様が、風呂掃除で喜ぶんじゃない。

掃除道具の使い方を軽く教えて、あとは寿々花さんにお任せした。

…任せて大丈夫だよな?多分。

滑って浴槽に転んで、溺れたりしないよな…?

「…」

任せはしたものの、やはり心配である。

別の場所を掃除しながらも、寿々花さんのことが気になって気になって。全然集中出来ない。

…やっぱり不安。

どうしても気になって、俺は寿々花さんの様子を見に行った。

すると、丁度寿々花さんは浴室の床に洗剤を撒いて、スポンジでごしごし擦っているところだった。

「ゆ〜りくんはー♪ごはんがじょうずで〜、優しいね〜♪」

謎の歌を口ずさみながら。

「ゆ〜りくんはー♪女の子のかっこうが〜、似合うよ〜♪」

やめろ。

「寿々花さん、調子はどうだ?」

随分楽しそうに掃除してるが。捗ってるか?

「あ、悠理君。うん、だいじょ、」

俺の声に振り向いた寿々花さんが、突然洗剤まみれの床に、ひょこっ、と立ち上がった。

すると、その拍子に。

「!寿々花さん!」

「へぶっ」

洗剤でツルッと足を滑らせたらしく、スポンジを持ったまま、派手な音を立てて転倒した。

あぁ…恐れていたことが。

俺は手に持っていた雑巾を投げ捨てて、急いで浴室に…寿々花さんのもとに駆け寄った。

「おい、大丈夫か!?」

「ほぇー…。びっくりしたー…」

意外と大丈夫だった。

頭、割とゴツンといった気がしたんだが…もしかしてあんた、石頭か?

いや、そんな冗談はさておき。

「どっか痛いか?骨折れたりしてないよな…!?」

年末に大怪我なんて、冗談じゃないぞ。

終わり悪ければ全て悪し、になってしまう。

しかし。

「ほぇ?うん。平気だよ?」

派手にずっこけた割には、けろっとしていらっしゃる。

…全身、洗剤まみれだけど。

洗剤撒き散らした床に転んだんだから、そりゃそうなる。

…そうか。うん。分かった。

寿々花さんに危険な風呂掃除を任せた、俺が悪かった。

もっと考えて…慎重になるべきだった。

怪我しなくて良かったよ。本当に。

「…寿々花さん。頼むからあんたはもう…コタツでお絵描きしててくれ」

やっぱり、寿々花さんに掃除は向いてない。

やる気があるのは良いことだが、しかしその溢れ出るやる気で、怪我をされたら本末転倒。

俺が怪我をするのは別に良いけど、寿々花さんを怪我させる訳にはいかないのだ。

「え?でも、悠理君のお手伝い…」

「うん、ありがとうな。大人しく座って…応援しててくれるのが、一番のお手伝いだよ」

俺の精神衛生の為にも、頼むからじっとしててくれ。頼むから。な?
< 424 / 645 >

この作品をシェア

pagetop