アンハッピー・ウエディング〜後編〜
やっと帰んのか。あんた。

いやー、良かった良かった。

そのまま一生イギリスに永住して、もう二度と戻ってこなくて良いぞ。

いや待て、こんな嫌味な性格の悪いお坊っちゃまを押し付けたら、イギリス国民の皆さんに申し訳ない。

畜生。あんた、何処にいても人に不愉快な気分を撒き散らさなきゃ、気が済まないようだな。

とんだ厄介者だよ。

「最後に、寿々花様に挨拶と…お話したいこともあってね。それで訪ねてきたんだ」

「…ふーん…」

「じゃ、失礼するよ」

おい。入って良いなんて一言も言ってねぇ。

雛堂に勝手に入ってこられても、ちっとも腹は立たなかったが。

円城寺が勝手に入ってくると、マジで通報してやろうかって気持ちになるんだから、不思議だよな。

「寿々花様、ごきげんよう」

「…ほぇ?」

絶賛、スケッチブックでお絵描き中の寿々花さん。

クレヨンを握ったまま、顔を上げてきょとんとしていた。

突然やって来た円城寺に、困惑している様子。

「全く、何だ?この家は…。妙に甘ったるい匂いがするな。香水にはそこそこ詳しいつもりだけど…。寿々花様、一体何の香水をつけてるんです?」

残念だったな。

この「香水」は天然モノだから。頭の中に札束の詰まった成金には、一生知ることは出来ないだろう。

と、思ったが寿々花さんが教えてしまった。

「それは多分、スイカだよ。さっきまでスイカいっぱい食べてたから」

「す…スイカ?」

「スイカ知らないの?美味しいよ。円城寺君も好き?」

「ふん、スイカなんて…。貧乏人の子供の食べ物だろう?あなたという人は、そんなものを食べてるのか」

あんた、顔面にスイカの種投げつけるぞ。

全国のスイカ農家と、スイカを愛する全ての人間を敵に回したな。

「全く、これだから…。何度言っても、無月院家の息女である自覚がないと見える」

「…それ、スイカ関係ある…?」

ないな。全くない。

「大体、さっきから何をやってるんだ?」

「え、これ?お絵描き」

「絵描き?それは良い。あなたも少しは、芸術の心をはぐく…。…うわっ!?」

偉そうにそう言いながら、寿々花さんの手元のスケッチブックを覗き込み。

円城寺は、間抜けにも素っ頓狂な声を上げていた。

俺も後ろから、スケッチブックを覗いてみたら。

無数の雛堂と乙無の顔が、スケッチブックいっぱいに、びっしりと並んでいた。

…こっわ…。ホラーかよ。

円城寺じゃなくても、これはビビるわ。

「な、何なんだその絵は…?」

「?悠理君のお友達だよ」

「…友達…!?」

一体どんな友達を持ってるんだ、と言わんばかりに、ぎょっとした顔でこちらを見つめる円城寺。

…友達だよ。悪いか。

紹介してやろうか?今度。

「ご…ごほんっ」

咳払いをして、何とか動揺を誤魔化す円城寺。

「と、ともかく…こんな調子じゃ、ますます椿姫お嬢様の顔に泥を塗るばかりだ。恥ずかしいと思わないのか?」

スイカ食べて、似顔絵描いてるくらいで泥を塗ることになるのか?

相変わらず、相変わらず好き放題言いやがって。
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