アンハッピー・ウエディング〜後編〜
「はぁ…」

旧校舎の自分の教室に着いても、気分は落ち着かなかった。

いないと分かっていても、ついつい、後ろを向いて確認することをやめられない。

まさか旧校舎にまでついてきて、監視しているようなことはないと思うが…。

あの悪夢のせいだろうか。

常に、何かに監視されているような…何処かから視線を感じるような…そんな嫌な感じがする。

最悪の気分だよ。

すると。

「どうした、悠理兄さん。デッカい溜め息をついて」

突然背中から話しかけられて、驚いて振り向く。

そこにいたのは。

「なんだ…雛堂か…」

「なんだって何だよ。失礼な奴め」

いや、ごめん。

昨日からずーっと、寿々花さんに監視され続けてたもんだから…つい…。

「何か悩み事ですか」

と、雛堂と一緒にいた乙無が聞いてきた。

悩み事…悩み事ね。

「悩み事…って言うほどのことじゃないかもしれないけど…。まぁ、悩み事だ」

「ふーん。愚かで脆弱な生き物の人間が、一体何に悩むことがあるのか…」

「お生憎だな。愚かで脆弱な生き物だからこそ、つまらない悩みがたくさんあるんだよ」

そういう生き物なんだよ、人間ってのは。

自称邪神の眷属(?)のあんたには、ご縁がないかもしれないけどな。

「悩む必要はありませんよ、悠理さん」

「は?」

「良いですか、人の世の不幸は全て、不平等の化身たる、呪わしき聖神ルデスのせいなのです。あなたも邪神イングレア様を信じれば、この世の不幸から解放されて…」

「あーはいはい。そういうのは間に合ってるよ」

珍しく、目をキラキラさせて語り始めたかと思ったら。

宗教勧誘かよ。

どんな神様を信じようと信じまいと、不幸になる時は不幸になるし、幸福な時は幸福だよ。

「で、悠理兄さんは何に悩んでんの?晩飯の献立とか?」

「それも悩んでるけどさ…」

「そうだなー。じゃあ、ここは自分が一肌脱いで…。昨日のうちの晩飯、キムチ鍋だったからさ。キムチ鍋どう?」

「キムチ鍋か…。良いかもな…」

あ、でも、うちの寿々花さんは辛いもの苦手だから…。

よし、味噌豆乳鍋にしよう。

…って、晩飯の献立の悩みじゃねーっての。

「違うわ。そんな軽い悩みで落ち込んでるんじゃねぇ」

そりゃ晩飯の献立も、大変な悩みだよ?

毎日考えるの大変だもんな。

俺も主婦のはしくれとして、その悩みが毎日いかに深刻な問題であるからは、よーく分かる。

でも、今はそうじゃない。そうじゃないんだよ。

「何だよ?自分らには言えないようなこと?」

「いや、それは…」

「別に、言わなくても大体分かりますけどね。あなたのことですから、どうせ寿々花さん絡みでしょう」

ぎくっ…。

乙無にずばり図星を刺されて、早速ぐうの音も出ない俺である。
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