アンハッピー・ウエディング〜後編〜
「…5時42分、帰宅…っと…」

「…」

案の定寿々花さんは、何やらぼそぼそと呟きながら。

今日も謎の白いクリップボードを手に、鉛筆でさらさらと何かを記録していた。

また何か書いてんな…。何書いてんだ、それ。

ちょっとそれ見せろ、と引ったくりたいのを必死に堪え。

「…なぁ、寿々花さん。ここ数日、ずっと聞きたいことがあったんだが」

「あ、悠理君。ちょっと後ろ向いて」

「は?」

意を決して、核心を突いた質問をしようとしたら。

寿々花さんが顔を上げて、俺にそう頼んできた。

「後ろ?何で?」

「良いから、良いから。ちょっと後ろ向いてー」

「…?」

何なんだ、と思いつつ後ろを向くと。

「アレとアレを回収しないと…。えぇと、何処に仕掛けたんだったかな…」

などと言いながら、寿々花さんはまたしても、俺の背中や襟元をごそごそ触ってきた。

…アレとアレ、って何?

回収って何?仕掛けたって何?

頭の中、軽くパニック状態なんだけど。俺はどうしたら良いんだ?

「あ、取れたー。もう良いよー、悠理君」

「あ、あぁ…」

もう良いと言われたので、くるりと寿々花さんの方に向き直ると。

寿々花さんは両手に、何やら見慣れないものを握っていた。

…小指の先程も小さい、黒い小さな物体を。

…何あれ?

「あとは、このチップを回収して中身を見れば…」

ぶつぶつ、と呟く寿々花さん。

チップ?中身?

…って、それ何?

「…なぁ、寿々花さん。それ…」

「あ、そうだ。悠理君のベッドの近くに仕掛けたのも、回収しなきゃー」

「ちょっと待った。こら!何を、何処に行こうとしてるんだ」

俺は背中から、ガシッと寿々花さんの両肩を掴んで止めた。

ちょっと落ち着いて、頭をクールにして、冷静に話をしよう。な?

「寿々花さん。頼むから、俺の質問に答えてくれ」

「ふぇ?でも、私急がなきゃ。週末までに仕上げなきゃいけないんだよ」

何を?俺を抹殺する計画?

「データはある程度回収したから、あとはレポートにまとめるだけなんだー」

「…レポート…?」

「うん、レポート。生物の授業の課題なんだー」

「…生物の課題…」

成程。宿題やってんのな。

偉いじゃないか。羨ましいことに、女子部は基本的に、あまり宿題が出ないらしいが。

それでも宿題が出た時は、寿々花さんも真面目に取り組んでるんだな。

それは良いことだと思うよ。

…良いことだと思うけど。

「寿々花さん…。その手に持ってるものは何なんだ?」

「ふぇ?」

「クリップボードと鉛筆じゃないぞ。その…黒い小さい機械みたいなのは何だ?」

「これ?これは盗聴器と、小型盗撮カメラだよ」

およそ、寿々花さんの口から出てきたとは思えない、恐ろしい言葉を聞いた。

さっきまでの俺は、我ながら肝が据わっていると自負していたが。

これには、やっぱり腰を抜かしそうになった。

…え?メンタルがチキンだって?

うるせぇ。

誰だって、盗聴器や盗撮カメラなんて言葉を、日常生活で唐突に聞いたら、ぎょっとするもんだろうが。
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