アンハッピー・ウエディング〜後編〜
いざ、キノコ博物館に出発。

電車に乗る為に、まずは駅に向かう。

平日ほどじゃないと思っていたが、土曜日でも、さすがに朝の混み合う時間はやはり、乗客が多かった。

座るところ、あるかな?

『見聞広がるワールド キノコ博物館』の場所は、ここから電車で一時間近くかかる。

一時間立ちっぱなしは、さすがに足が痛くなるかも。

俺は別に良いんだけど。旧校舎まで毎日、急な登り坂を歩いて、足腰鍛えられてるから。

問題は、一緒にいる寿々花さん。

「電車ー♪がったんごっとん〜」

電車だけで、この喜びようよ。

マジで幼稚園児。

立たせておいたら、危うくその場にすっ転びかねない。

寿々花さんだけでも、座るところがあれば…。

混み合う車内を、きょろきょろと見渡すと。

「おっ…。あそこ、空いてるぞ」

丁度窓際の席が、一人分だけ空いていた。

「寿々花さん、あそこ座れよ」

「ほぇ?でも悠理君が座れないよ」

「俺は良いんだよ」

隣で。吊り革持って立ってるから。

寿々花さんは座っててくれないと、いつ転ぶか分かったもんじゃない。

「でも、それじゃ悠理君が疲れちゃうよ」

「大丈夫、大丈夫。良いから座ってくれ」

「うん、分かった。ありがとー」

ちょこん、と着席する寿々花さん。

よし。これで一安心。

寿々花さんが着席するのをまっていたかのように、電車が動き出した。

「わー。動いてる動いてる。速いねー」

電車乗ったの生まれて初めてですか?ってくらいはしゃいでる。

初めてじゃねーだろ。電車の中では静かにしなさい。

飲食、おしゃべりは控えめに。電車のルールだろ。

「寿々花さん、声は小さくな」

「はっ、そうか…。そうだった。じゃあ…」

寿々花さんは大袈裟なくらい険しい顔で、口を真一文字に結び。

両手を素早く動かして、手話で話しかけてきた。

成程、考えたな。手話で喋れば、周囲の乗客に迷惑はかからない。

寿々花さんなりの気遣いなんだろうな。うん。

でもごめんな。

俺、手話全ッ然分からないんだわ。

一生懸命、何かを伝えてくれようとしてるのは分かるんだけど。

さっぱり伝わってない。

分かんねーよ、手話なんて。

「…」

一生懸命手話で話をしようとしているのに、俺が全く無反応なものだから、寿々花さんも困り顔。

本当申し訳ない。

「…悠理君、私とおしゃべりしたくないの?」

「違うよ。手話が分からないだけだ」

むしろ、何であんたは手話知ってるんだ?

英語もフランス語もペラペラ、イタリア語もそこそこ喋れる、更に手話まで会得しているとは。

無駄なポテンシャルの高さを発揮していく。

「あのな、お口チャックしろとまでは言ってないから。小さい声でなら喋って良いんだぞ」

周りの迷惑にならない程度にな。

「で、さっき手話でなんて言ってたんだ?」

「あのね、途中で交代しよって」

交代?

「ずっと立ちっぱなしだと、足が疲れるでしょ?だから、半分まで行ったら交代して座ろうねって言ってたの。それなら、悠理君も疲れないよ」

今の、そんなこと言ってたのか。手話で。

器用な人だなぁ…。

「はいはい、分かった。ありがとうな。じゃ、途中で交代で」

「うん、そうしよー」

とは言ったものの、交代するつもり無いけど。

ずっと座っとけ。

…が、幸いなことに。

それから15分後くらいに、丁度寿々花さんの隣に座っていた人が降りて、席が空いたので、そこに座った。

これって、結果オーライって奴?
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