アンハッピー・ウエディング〜後編〜
「あなたのことは、いつも妹から聞いているわ」

「えっ…は、はい」

椿姫お嬢様に話しかけられて、俺はどぎまぎしながら頷いた。

マジで?

俺は椿姫お嬢様のことなんて、ほとんど知らないのに。

椿姫お嬢様は俺のことを知ってるって、何だか不公平じゃないか?

「あの」無月院家のご息女が…。下っ端分家の俺を…。

つーか寿々花さん、椿姫お嬢様に俺のことを何て説明してるんだろう。

…まさか、包み隠さず話してるんじゃないだろうな?

漬け物を自分でつけるくらい貧乏性で、未だにお古のジャージ着て寝てるんだよ、とか?

いや待て。お古のジャージを着て寝てるのは寿々花さんも一緒だから。人のこと言えないだろ。
 
頼むから、良い印象を持たれるような話をしていてくれよ。

…しかし、あの寿々花お嬢さんに、そのような気遣いを望めるはずもなく。

「まだ若いのに、とってもお料理が上手なんだそうね」

畜生。やっぱり余計なこと言ってる。

「そ、そんな…大袈裟です。素人に毛が生えたようなものですよ」

「謙遜しなくて良いのよ。三ツ星レストランのシェフが作った料理より美味しいって、妹が言ってたわ」

余計なこと言い過ぎだろ。

あの寿々花お嬢さんと来たら…!何でもかんでも大袈裟なんだよ。

俺、多分椿姫お嬢様に、「めちゃくちゃ料理出来る人」だと思われてる。

違うからな。嘘だから。濡れ衣だから、それ。

俺が料理上手に分類されるなら、全国の主婦の皆さん全員が三ツ星レストランのシェフになれるわ。

しかし、寿々花さんが椿姫お嬢様に吹き込んだのは、それだけではなく。

「それに、凄く優しい人だって」

…また話を盛ってるんじゃないだろうな。

「いつも一緒に遊んでくれるんだって、嬉しそうに教えてくれたわ」

「そ、そうですか…」

「でも、映画に誘ったらいつも断られる、って」

「…それは済みません」

「映画、お嫌いなの?」

違うんです。

映画が嫌いなんじゃない。寿々花さんと映画を見るのが嫌な訳でもない。

あんたのとこの妹が観るのは、いつもヤバい化け物が出てくるホラー映画だから。

観たらトラウマが増えるから、それで映画の誘いは断ってるんだよ。

我が家には、寿々花さんの誕生日の時、雛堂にもらった大量の中古ホラー映画DVDがある。

お陰で寿々花さんは、暇さえあれば自宅のテレビでホラー映画を鑑賞している。

「悠理君も一緒に観ようよー」って言われるけど、俺はそそくさとその場を退散し。

掃除とか洗濯とか買い物とか、とにかくテレビの画面は観ないようにしている。

え?ビビり?

うるせぇ。悪いかビビりで。

「え、えっと…。寿々花さん、あ、いえ…寿々花様は、奥にいるので…どうぞ」

「そう。ありがとう」

にこっ、と優しげに微笑む椿姫お嬢様。

小花衣先輩と言い、この人と言い…高貴なお嬢様の微笑みには、それだけで相手を従わせる力があるな。
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