アンハッピー・ウエディング〜後編〜
部屋に入ると、寿々花さんはこちらに背中を向け。

大きなワークデスクの上のパソコンに向かって、カタカタとキーボードを叩いていた。

背中を見ただけで分かる。めちゃくちゃ集中していらっしゃる。

やっぱり邪魔だったな、俺。ごめん。

でもここまで来たからには、全く声をかけずに退散という訳にもいかず。

「寿々花さん、あの。邪魔して悪いんだけど」

「…」

声をかけても、やっぱり無反応。

「うるせーなこのお邪魔虫、無視だ無視」とでも思ってるのか…。

…いや、多分そうじゃなくて。

「…寿々花さん、ちょっと」

「…」

「…はっ!あんなところにUFOが!」

「…」

成程。確信した。

今の寿々花さんは、俺の声が聞こえているのに無視しているのではなく。

単に、俺の声が耳に届かないほど集中しているのだ。

そうでなきゃ、絶対UFOに反応してる。

UFOにも反応してないってことは、そもそも聞こえてないってことだ。

すげーな。俺、人生でここまで集中したことなんて一度もない。

やれば出来る子なんだよ、寿々花さんって。

ただ、なかなかやる気にならないってだけで。

生物の先生に見て欲しい。この、一生懸命レポート課題に取り組んでる寿々花さんの姿を。

これだけで100点あげてくれ。

…まぁ、なんだ。めちゃくちゃ集中してるところ悪いけど。

「…寿々花さん。頑張ってるところごめんな」

「ふひゃっ!」

背後から、ポン、と寿々花さんの肩に手を置いて初めて。

寿々花さんはようやく、俺の存在に気づいたようだった。

「ふ、ふぇ…?」

びっくりして、恐る恐る振り返る寿々花さん。

邪魔してごめんな。マジで。

俺としても本意じゃなかったんだが、でもずっと休まないのも良くないと思うから。

せめて、食事くらいはちゃんとしてくれ。

俺の顔を見た寿々花さんは、きょとんとしてこう聞いた。

「よ…夜這い?」

ずっこけるかと思った。

んな訳ねーだろ。夜じゃねーし今。

あんたは気づいてないようだが、今は既に朝だぞ。

「何度も呼んだんだけど…返事がなかったもんだから、勝手に入らせてもらった。悪いな」

「それは別に…良いけど…」

「昨日、夕飯食べてなかったみたいだから…。焼きおにぎり作ってきたんだけど、食べるか?」

…冷静に考えて、昨日夕食抜きなのに、翌日の朝からガッツリ焼きおにぎり食べる元気、あるか?

もっと食べやすい…お粥とかリゾットの方が良かっただろうか。

片手で食べやすいものを、と思って気を遣ったつもりだったんだが…。

しかし、寿々花さんは喜んで。

「うん、食べるー」

とのこと。

良かった。無駄にならなくて済んだ。

「もぐもぐ。美味しい。もぐもぐ。もりもり」

めっちゃ良い勢いで食べてる。

「落ち着け、ゆっくり食べろ。ゆっくり」

今頃空腹を思い出したのか。そうなのか?

「だって、悠理君のご飯が美味しくて」

「ありがとうな。それは嬉しいけど、でもゆっくり食べてくれ」

急いでるのは分かるけど、食事くらいはゆっくり食べてもバチは当たらんぞ。
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